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一説の油売りから戦国大名に下剋上でなった斉藤道三は、実は二人いたという斉藤道...

sei********さん

2015/2/2317:30:01

一説の油売りから戦国大名に下剋上でなった斉藤道三は、実は二人いたという斉藤道三の戦国時代にまつわる説は信憑性有ると思いますか?

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ori********さん

2015/2/2317:51:02

齋藤道三は、父親が油売りだったと言う説もあるそうです。

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編集あり2015/2/2318:44:28

生駒南條紀にある斉藤道三は別人です。彼は医者の三男でその子弟に道四、道七がいます。その道七の実弟、安久灘太郎が後の小野木重次家臣、南灘重蔵です。この重蔵の息子が真田十勇士の筧十蔵だという異説があります。

ちなみに医療を志した斉藤家は三好長慶に招かれ四国に渡り、一條家を介して紀州に帰国後織田(北畠信雄か)家の薬頭として召されます。その子孫は中村家や毛屋家に代々支えたと記録にあります。

ren********さん

2015/2/2508:36:44

同姓同名の別人の可能性もあります。ただ油売りから戦国大名にまで成り上がった斎藤道三は1代での覇業ではなく親子2代での覇業というのが既に明らかになっています。僧侶~油売り~土岐家仕官までは道三の父親が、土岐家追放~美濃乗っ取りまでは道三ということが判明しています。なので斎藤道三自身は最初から武士の身分であり土岐家の重臣の家柄になります。

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