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2015/4/13 19:48

22回答

掛軸で、作品は良いが①落款・押印のある贋作物と②全く落款や押印の無い=無落款ものとの比較においては、どちらが価値があるものでしょうか?もちろんどちらも価値が無いでしょうが、強いて言え

掛軸で、作品は良いが①落款・押印のある贋作物と②全く落款や押印の無い=無落款ものとの比較においては、どちらが価値があるものでしょうか?もちろんどちらも価値が無いでしょうが、強いて言え ば無落款物の方が価値は高いでしょうか?贋作物は全く価値は無いものなのでしょう?

工芸787閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

ベストアンサー

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贋作ものであってもそれなりに出来が良ければ少しは価格はつくでしょう。また作者が誰であるかわからなくても作が良ければ価格はつくと思います。 どちらが価値があるかではなく、個別に考えなければならないと思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

簡潔でストレートなご回答いただきありがとうございます。 オークションで贋物や作者不詳などのものを購入してしまい、ネット上の買い取り業者に画像データ送付による簡易鑑定をしてもらいましたが、全く値が付きませんでした。贋物等は全く値が付かないものなのかとの素朴な疑問が生じて、ご質問させていただきました。ほんの少しですが明かりが見えたような気がしました。有り難うございました。

お礼日時:2015/4/14 0:01

その他の回答(1件)

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質問での「作品は良い」という主観的な表現では判断しにくいところがあり、「価値がある」も人によって価値が違う面があります。またこの2点も掛軸の対象によって異なります。なお以下、実筆のものを対象とし、印刷したものは対象外とします。 まず鑑賞する(ここでは敬拝と呼ぶ必要がありますが)禅墨蹟では、言葉の内容に心の諭を会得するものなので、真正の揮毫者の名前があっても人格ある人が書いたものでなければなりません。贋作(落款や印譜はあるが真筆でないもの、以下同じ)や子ども、俗人が書いて揮毫者の名前がないものは、頭を下げて敬拝することは憚られます。 しかし贋作や無落款のものでも、墨蹟所有者が自己満足していればその人にとって価値あるもので、他人が非難することはできません。ただ他人にそれを見せ、見た方が拝礼して敬うように掛けるならば、見る方を騙したことになります。 書家が書いた書軸では、書の手本や文字の良さを鑑賞するもので、誰が書こうが構わないものですが、贋作では真似て第三者が書いているので、詳細に鑑賞すると線が乱れていたり、力強さがなく、鑑賞に値しないものが少なく有りません。一般的に単純な文字鑑賞や書かれた詩文の鑑賞であれば、無落款のもののほうが見ごたえあるものの場合が多いでしょう。 一方絵画や現代芸術書道では、一般人にとって好みによる価値がより尊重されます。贋作や無落款でも、所有者が芸術性や好みが高いと思えば、非難されることはありません。ただこの場合も、贋作を有名画家の真筆などと言って他人に見せることは所有者本人の価値まで下げることになります。その点無落款のほうが無難です。 「価値の有無」ですが、上記は一般人が所有する場合のことで、日本旅館や和風建築のあるホテルや日本料亭で掛ける書画の場合は、贋作であっても筆者の名前、それも有名書画家の名前が入っているものの方が価値があります。こういうところでは、客に床の間の掛軸を盗まれることがあり、万一盗まれても良いように贋作も良く掛けられています。無落款は価値を認めてくれません。 なお書画販売業者では、「次第」が価値あるものとされており、二重桐箱に収められていたり、贋作なのに有名人が箱書きしていると、本紙が贋作でもそれなりの価値が付きます。例えば漬物の沢庵の語源となった沢庵和尚の墨蹟は、本物なら100万円以上ですが、贋作では50万円ほどで売られたりています。これは素人が「安くて掘出し物」と考えて無知で購入するからです。この点、日本画でも同じです。ただ無落款でも箱書きや鑑定家で有名書画家の物とお墨付きを与えている場合は、微妙なところがあり、一律には言えません。なお江戸時代の鑑定家はお金を出すと贋作でも本物の鑑定書を書いたので、書画愛好家やプロ扱者では信憑性は無視されます。

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