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室町幕府末期は各地に群雄が乱立し戦国時代になっていたのに対し、江戸幕府末期に...

jaz********さん

2015/4/2513:44:15

室町幕府末期は各地に群雄が乱立し戦国時代になっていたのに対し、江戸幕府末期にはそうなっていなかった違いは何でしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

f27********さん

2015/4/2521:46:04

歴史には「流れ」とか「転機」といえものがあります
それが必然なのか偶然なのかは意見は分かれますけど

しかしその転換点に、新たに中核というかシンボルになる存在があるかどうかは、「混沌」が長く続くか、比較的すんなり新しい体制に移行するかの差にはなるでしょう

貴族社会から武家の社会に移行した、古代から中世への転換期
東国武士には「源氏の嫡流である頼朝」という旗がありました
頼朝がいなければ、源氏一族も史実以上にバラバラで、他の有力武士団も各々独自に地域権力を確立し「群雄割拠」となっていたかもしれません

一方、室町末期には足利将軍の権威は失墜しましたが、それに替わりうる権威が生まれませんでした
みな形の上では足利将軍を擁立することでしか権力の座に着けなかったのです
なので群雄割拠となり、長い戦乱の後に家柄でいえば大したことのない信長、秀吉、家康によって近世が到来したわけです

江戸幕末の場合も、急速に近代社会に移行するのには、徳川に替わる権威が必要でした
「毛利」や「島津」では全国の大名は従いません
「だったら俺が」という大名も沢山でて来るでしょうし、「それなら徳川に従う」という大名も多くいて、まさに「群雄割拠」となったかもしれません
しかし、日本には「天皇」がいたのです
徳川家より上の、この伝統的権威を前面に押し立てることで、徳川も抵抗せず、有力諸侯も従い、わずか2年の内線で明治維新が成し遂げられたのです

質問した人からのコメント

2015/4/30 02:59:01

皆様有難う御座いました!

ベストアンサー以外の回答

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2015/4/2514:27:02

室町時代は各地に多くの領主がおりそれぞれがここの領地を治めていました。足利家が将軍としてそれぞれの領主をまとめておりましたが一枚岩ではありませんでした。その足利家が応仁の乱で弱体化し幕府としての威厳が失墜したため各地の領主はそれぞれの領地を維持、または拡大していこうとし戦国時代に突入しました。
一方江戸幕府末期は幕府が弱体化した要因は諸外国からの脅威がきっかけです。
室町幕府末期のときとは状況はまったく違います。
室町時代はそれぞれの領地を守るため。江戸時代は諸外国から日本という国をまもるため。この2つが大きな違いでしょう。

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ppt********さん

2015/4/2514:18:54

教科書に「豊臣秀吉が日本で初めて天下統一した」と書いてあると思います。

つまり、秀吉が天下統一するまでの室町時代は日本が統一されていないのでバラバラなのは当たり前です。

徳川家は豊臣家から天下を盗み取った後、圧倒的な軍事力により、独裁者として約260年の間、日本を支配していたため、他の大名が反乱など起こせない状態でした。

幕末に、徳川家よりも圧倒的な軍事力を持つアメリカ海軍のペリー提督が日本に来たことにより、徳川家は独裁を続けられなくなってしまいましたが、外国から巨大な軍事力が来なければ、日本は今でも徳川家が支配していたはずです。

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