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松尾芭蕉の俳句 (閑かさや 岩にしみ入る蝉の声) がありますよね。 閑けさ、...

kam********さん

2015/7/522:30:43

松尾芭蕉の俳句
(閑かさや 岩にしみ入る蝉の声)
がありますよね。

閑けさ、ではなく
閑かさ、が用いられてる理由はなんだとおもいますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

p93********さん

2015/7/713:00:38

言葉から受ける印象として、「閑かさ」と「閑けさ」では閑けさの方が静寂感が増しますよね。もし言葉に鋭敏な俳人なら、現代の俳人でも掲句を詠むのに閑けさは使わないと思います。
もともとこの句の初案は「山寺や石にしみつく蝉の声」(俳諧書留)なので、静寂感を詠んだものではありません。それが「淋しさの岩に岩にしみこむ蝉の声」(こがらし)と改案され、「さびしさや岩にしみこむ蝉の声」(泊船集)とさらに改められ、最終的な改案が質問者様があげられている掲句の形になりました。芭蕉が天才なのは、このように推敲できることです。

質問した人からのコメント

2015/7/9 13:26:32

ありがとうございました

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cam********さん

2015/7/802:11:40

「閑けさ」の前提は既に静かであること

「閑かさ」は条件付きながら静かであるさま

条件は、点在する巨岩が蝉の声を吸収濾過してしまうと思えるほどのダイナミックな空間であったこと

「閑か」形容動詞ナリ活用
「さ」接尾語・語幹につき名詞を作る

閑かなりの語幹「閑か」に接尾語「さ」がついて名詞化したものと思います。

後世の人の送り仮名のつけ方ではなく、芭蕉の原文にもそうなっているのでしょうか。
東京生まれ育ちで東京を離れたときはないのですが。大学にいた関係で夏は一か月半休暇でしたので立石寺にもいきました。
どちらでもいいようですが、やはり(閑かさや 岩にしみ入る蝉の声)の方が自然の感じがしますね。わざとらしさや伝聞的ではない感じです。直接経験のように感じてきます。

2015/7/609:58:31

「閑けさ」はその言葉に「けさ」が入られましておられますからと申さられます訳ではあられませんですけれども何となく朝の感じがあられまして一方・・・
「閑かさ」は「閑けさ」に対されられます言葉とされましてのその意味での「昼」となられますのかなと思いましたです。

そのような意味で立石寺に行かれられましたのは昼頃とかと思いましたです。
田舎の昼の閑かさと朝の閑けさの違いのようなと思いましたです

sum********さん

2015/7/604:59:12

なぜ知りたいのですか?理由によっては答えさせて頂きます。

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