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横山栄基というモデラーはどうしているのでしょうか?

tlt********さん

2015/8/2102:12:15

横山栄基というモデラーはどうしているのでしょうか?

GUNDAM WEAPONS(ガンダムウェポンズ)という
ホビージャパン別冊編集のガンプラ雑誌で1989年か1990年に出たものですが
その表紙のガンダムアレックスの作例が横山栄基というモデラーのものでした。

GUNDAM WEAPONS以前から月刊ホビージャパンで1989年~1990年代?まで作例を出していたと記憶しています。
ほとんどがフルスクラッチの作例で、原形を留めないほど改造された作例に衝撃を覚えました。
バンダイのキットを使った改造ですら関節の一部以外はフルスクラッチという
当時の読者からは全く参考にならない作例ばかりでしたが、その刺激は十分すぎるものでした。
今見てもその作例の先進さに驚くことがありますが
当時から真似て作ろうとは思わないが、こういう作例が出てきたかと思ったものです。
度々作例がホビージャパンの表紙になるぐらいですから、そういう捉え方は編集部でも一般読者でも当然していたと思いますが・・・

1990年前後は純正のガンプラがスタイル的にまだまだ貧弱であり、
フルスクラッチによって洗練されたスタイルを提案する作家が多く出てきた時代で
その数年後にガンプラのHGやMGなどといったスタイルを再構築したグレードが世に出るきっかけになった時代だったと思います。
そんな中で横山栄基はスタイルの再構築以外に別次元からガンプラの再構築にアプローチしていったモデラーだった気がします。
それゆえ、かなり奇を衒ったトンデモ作例もありました。
菅義弘や原田雅彦といったモデラーと同時期だったはずですが、その後全く音沙汰がありません。

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sei********さん

編集あり2015/8/2112:01:56

作例ライターの後はどこかのテスタロッサとか原型制作してらしたような気がしますが…。

当時、センチネル絶頂期の裏でジャパン誌のキャラモデライター刷新時期と重なり、作例レベルが低迷していた中では藤田氏のデザインを上手く立体化していた印象がありましたが、スーパーモデリング原田氏(故人)に比べると、そこまで図抜けた存在には思えませんでした。

そもそも藤田氏は後にバンダイで大河原デザインのガンプラリファインを担当していましたし(ちょっと前のカトキ氏のようなポジション)、タイラントソードや青の騎士の時点で立体映えするデザインを多数手掛けていたので、正攻法で作れば破綻しないものです。
(むしろ古参の原田氏作例ゼータの方が元デザインを超えた破壊力は大きかったです)

その後、バンダイのスポンサードで個性的な作例やキット化に関係ないスクラッチは淘汰される傾向になっていった訳ですが。

やはり現在も管氏と同じようなスタンスかも知れません。

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ocu********さん

2015/8/2615:53:35

横山栄基というモデラーさんがどうしているのかわかりませんが、
何度か作例が表紙になっているホビージャパンは見たことがあります。

ホビージャパン1989年6月号表紙のジムコマンドや
ホビージャパン1989年9月号表紙のリック・ドムIIとか(ゲルググJは違う人だったかな)
ホビージャパン1989年10月号表紙のアレックスNT-1はそうだったかもしれません。
作品解説のページでスジ彫りに関して手書きの絵で解説していたような気がします。

ww_tosh_wwwさんの回答で内部フレームの話が出たので
そういえばバンダイが本格的に内部フレームに取り組んだ頃から
フルスクラッチするモデラーが減っていったように思えました。 進化も一長一短ということでしょうか。

以下は駄文にて。
●メカニックモデル
MGなどが出る1995年以前に内部フレームを消費者に意識させたのは
1980年代に出たメカニックモデルのガンダムやザクだったと思います。
メカニックモデルはメカ部分を見せるためにプラモデルの半分だけ装甲を開いて展示するほとんど動かないカットモデルでしたが
その十数年後に影響を及ぼしたと思います。
それ以前にもマジンガーZなどのロボットの内部構造を解説する記事などは多数存在し、架空のロボットを如何に説得力を持たせてアピールするか?というのが
流行った時期がありました。

●ムーバブルフレーム
メカニックガンダムが出た後にきた内部フレームインパクトがエルガイムだったと思います。
永野護によってムーバブルフレームから設定されたエルガイムは実現しそうな機械として説得力がありました。
いわゆるリアルロボット時代に入るきっかけでした。

内部フレームが出てきた経緯を自分なりに推察すると
第一に、作画していく上で基本設定や動きに関するルールが決まっていれば新人古参問わずどんなアニメーターにも作画の依頼がしやすく、
アニメーター側の理解も早いので作画破綻が起きにくくなるという理由です。

第二に、若手クリエーターに沸々と湧いていたジャリ番からの脱却という上昇志向です。
ストーリーがスポンサーを煙に巻く形で子供が理解できないほど高尚なものになっていった70年代~80年代のロボットアニメにおいて、
ストーリーと吊り合う形で求められたのが機体の論理性と現実性です。
ジャリ番と思わせて、実は大人の鑑賞に堪え得るアニメという衝撃は、クリエーターと視聴者双方に合致したものだったでしょう。
ガンダムの少し前には、宇宙戦艦ヤマトがありメカニカルで思想的なストーリーをSFアニメで表現できたというのも刺激になっていた時代です。

●リアルロボット
こうして1985年にZガンダムが出るわけですが、そこにはモビルスーツの機構的な検証が数多く見受けられ、
たった数年でロボットの内部構造に対する意識が格段に向上したことが伺えます。
それまではコミックボンボンなどがロボットモデルの牽引を担っていたのですが、やはりジャリ番のレッテルを拭えない状況でした。
しかしリアルロボット時代に入ったことでホビージャパンなど兵器やクルマなど現実世界のスケールモデルに取り組んでいた硬派な模型雑誌が
ロボットアニメを作例に取り上げやすくなり、アニメの世界観拡大に大きな役割を果たすようになったと思います。
ダグラム ボトムズ レイズナー ドラグナーとリアルロボット時代を代表するアニメが地盤を固めた後に
パトレイバーが出てくることで一気にリアルロボットの内部解釈にも拍車がかかったと推察します。

●MG前
フルスクラッチで更にアニメの世界を広げるモデラーが出てきたのはこの時期でしょう。
ただフルスクラッチのモデラーが得意とするのはスタイリング重視の作例で、内部フレームから作り込むモデラーはほとんどいませんでいた。
内部フレームを作り込んでも可動域まで確保できる作例は少なく、固定モデルが多かった気がします。
キットの改造でもプラ板を噛ませて幅を広げたり、狭めたりすることでスタイリングを変えていくので、内部はプラ板とポリパテで埋まっているのがほとんどでした。
可動に関してもバンダイ純正の関節構造から脱却できず、関節の考慮には多くのモデラーが苦心したはずです。
特に肩関節や股関節など人間的動作を可能にする関節は、引き出し関節などが出るまで保持力や可動域や耐久性が延々と議論されてきました。
ヒンジを用いてスカート部分を可動させて足の可動域を広げるのはこの頃に開発された苦肉の策だったはずですが、以降はデフォみたいになりました。

●MG後
バンダイがMGで内部フレームを考慮したのはホビージャパンが一枚噛んだからだそうですが
そうした模型誌の技術フィードバックが図らずも個人モデラーの淘汰を招くことになってしまったのかも知れません。
MGやPGが世に出た後の2000年代以降の模型誌の作例を見ると明らかにフルスクラッチや大仰な改造をするモデラーが激減しています。
バンダイのキットがここまで進化したおかげというか進化したせいで、古参モデラーの淘汰も行われてプラモに見切りをつけた人も多いはずです。
自分らが改造する余地がないというか、キットを買う前から戦意を喪失したような感じでしょうか。
これから生まれてくるクリエーターまで淘汰してしまったような気もしますが、色々な意味で「内部」フレームが「外部」に出すぎたということですね。

ww_********さん

編集あり2015/8/2308:27:40

昔懐かしい話題につられて来ましたが、まったく回答できません、知りませんすいません。
MGが内部構造まで再現するようになってしまってから、改造文化は下火になってしまった感じがします。
今の内部構造のあるMGだと、プロポーション改造のために内部構造を削って可動を犠牲にすることになるでしょう。バンダイがそんなことをし始めたものだから、モデラーの出番がなくなってしまったんじゃないでしょうか。
昔はハイクオリティのキットが欲しければマニアックなガレージキットでした。あるいは先進的な技術を持つモデラーの作例が、バンダイのガンプラを上回ってましたが、今の時代、バンダイのガンプラはそれを凌駕してますね。それはそれですごいことですが、今はもうモデラーがパテで1からパーツを造形してもMGのディテールにかなわないんでしょう。もうそれを望まれてないというか。
MGはもともと旧キットを先進的な改造テクニックで今風にする流行りがきっかけでしたね。それでとうとうバンダイが商品化に乗り出した。
すべてはここから始まったといわれる松村年紀信のマインレイヤーの大改造作例などは、ほぼそのままMGに採用されるほどの超絶作品で忘れられません。
アニメ画をリアルに立体化するイマジネーションが確立されるまでにアニメが始まってから10年もかかり、それがちょうどこの時期でした。それまでは古いガンダムのリニューアルなど不可能と思われてましたが、このようなモデラー達のイマジネーションにより、こうすればイメージ通りにリニューアルできるという発想で、今のガンプラがあります。それがいかに大変なことだったかは、旧HGのファーストが失敗作になったことでも試行錯誤の連続だったのがよくわかります。しかし1度発想されれば後はそれを量産すればいいだけになり、これがモデラー達の功績だったことなんて忘れられて、今は当たり前に思われてしまいましたね。

昔懐かしい話題につられて来ましたが、まったく回答できません、知りませんすいません。...

som********さん

2015/8/2106:05:17

それに類するモデラーを知っていますが、本業をクビになってそれどころじゃなくなっています。

この日本でプラモだけ作って妻子を養えるわけないんですよ。
みんな地味な本業を持ってやっています。

プラモって時間が掛かります。
昼間に働きに出て夜に作る。
人間、1日は24時間って決まってます。
夜にやるなら睡眠時間を削るしかない。
寝てないんだから楽な仕事に就いてなきゃ出来ない。

それをクビになれば、それより楽な仕事を見つけるのって困難です。
必然的に作る時間は無くなる。

そうやって消えて行きます。

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