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平成4年の夏の高校野球で松井秀喜さんが当時は五打席連続敬遠でしかも星陵応援団...

kyo********さん

2015/8/2112:18:22

平成4年の夏の高校野球で松井秀喜さんが当時は五打席連続敬遠でしかも星陵応援団からメガホンが投げられた試合があったがなぜ明徳はあんな作戦をとったのでしょうか?

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agi********さん

2015/8/2112:20:15

明徳の監督の勝利への執念だったんでしょうな。

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ata********さん

2015/8/2114:24:14

〇4番松井の打力が星稜打線の中で突出していた
〇明徳のピッチャーの力量
〇点差

これがKKの頃のPLだったら、清原を敬遠したって次は桑田ですからそんな作戦をとる学校は皆無でした。
むしろ清原がバントで送って桑田勝負とか普通にありましたし。

あの試合、明徳のピッチャーはエースではありませんでした。
たしか故障で投げられなかったはずです。
例えば昨年まで在籍していた岸投手レベルの投手なら全打席敬遠はなかった、と馬淵監督も言ってました。

あとはあの試合の展開です。
常に1、2点差でしたから。
あれが途中で3、4点差ついてればランナーなしの状況なら勝負してた、とこれも馬淵監督が言ってました。

あの第5打席、9回1点差2死3塁で勝負するほうがどうかしてます。
9回にランナーが出てなければ松井まで打順が回らず、あれだけの大騒ぎにもならなかったのですが・・・

私は弱者が強者に勝つために最善を尽くした名采配だと思います。

mil********さん

2015/8/2113:22:09

星稜ね。

それは星稜が松井秀喜だけのチームだったこと、明徳がエースを故障で欠いたチームだったからです。

PL学園の清原和博が相手なら五打席全ては敬遠しなかっただろうし、
2002年に明徳が優勝したときのエースを擁していれば、敬遠はしなかったでしょう。

あんな作戦と言いますが、アマチュア野球では極めて普通の作戦で、批判されるのは理不尽なことです。

プロ野球であんなことしたら、叩かれて当たり前ですが。

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