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大石寺第四世、日道上人の御伝土代によれば,大聖人は法光寺禅門(北条時頼)(西の...

crs********さん

2015/8/2320:43:37

大石寺第四世、日道上人の御伝土代によれば,大聖人は法光寺禅門(北条時頼)(西の御門東郷入道屋形跡に坊作って帰依せんとの給ふ。

諸宗の首を切り諸堂を焼き払い、念仏者と相祈りせん)とあるので、幕府は房舎を建てて寄進しようとした。大聖人は邪宗への帰依をやめることが先決であり、念仏とともに祈ったところで国家の安泰などあるはずがない、と断固拒絶したとある。

御遺命の達成と御法主の教導】
広宣流布は絶対達成される―これは大聖人の弟子檀那の確信であり、大聖人の御指南である。また、大聖人は謗法厳誡と不惜身命の信心を強調されている。この点において、牧口会長は、謗法厳誡を貫くことによって必ず諸天の加護があると信じていたといえよう。確かに原則は、そのとおりである。しかし、よくよく大聖人の御書を拝してみれば、時機に応じた様々の御指南が存在するのである。それらを総合的に考慮し、弟子檀那の信心を擁護するために四悉檀を駆使して謗法厳誡と国法遵守の両立をはかる―これこそ広布達成時まで法体を護持し一宗を導かれる御法主上人の役割であり、そこには我々の想像を絶するほどの苦衷があったことであろう。
牧口会長のように命を惜しまず謗法厳誡を貫くことは立派ではあるが、ある意味指導者としては楽である。が、そのようなことでは信徒の信心は守れないし、法体の護持そのものが危うくなる恐れすらあるのだ。世相を弁えずに突喊(とっかん)する信心は、決して大聖人の御意に沿う信心ではないのである。
違う気がしますがご意見お待ちします。

補足聖人は鎌倉にお寺を持てたんですね、権力の側に立てば、しかしそうしないでその後身延の沢に入りご苦労された。手の広さ程の平かなる処あり、爰に庵室を結んで天雨を脱れ・木の皮をはぎて四壁とし、自死の鹿の皮を衣とし、春は蕨を折りて身を養ひ秋は果を拾いて命を支へ候つる程に(秋元御書P1078)苦労承知のことである、(世相を弁えずに突喊(とっかん)する信心は、決して大聖人の御意に沿う信心ではないのである。)との批判は権力に迎合する日精以来の体質となっているように見えます

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sat********さん

2015/8/2821:09:08

あなたですね。あなたは創価女と結婚をすると、どのような幸運が待ってるのですか?

  • 質問者

    crs********さん

    2015/8/2908:01:38

    残念ですがすでに子持ちです。創価女であろうがなかろうが、女性に違いがあるはずもない。創価女に相当恨みがおありなんですか。創価女を断ると特典があります。創価の役職を免れる、私などは一切の役職を離れ一会員として信心できます。昨今急に役職のお話があり勝手なもんだあ、人がいなけりゃ俺でもいいのか、と言っておきました。

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質問した人からのコメント

2015/8/30 07:27:59

どなたかとお間違えのようです。回答とは言えませんがありがとうございました。

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