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式子内親王の、「玉の緒よ たえねばたえね ながらえば しぶることの よわりもぞす...

m07********さん

2015/10/322:59:43

式子内親王の、「玉の緒よ たえねばたえね ながらえば しぶることの よわりもぞする」という歌は、何故思いを隠さなければいけなかったのですか?

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kor********さん

2015/10/405:09:20

式子内親王の歌はいいものがありますね。

まあ、想像の域を出ませんが、恋しいにとがいるのに、内親王ともなれば、おおっぴらに恋愛をすることは身分上許されないので、それを表沙汰に出来ないと言うことでしょうね。
藤原定家と恋仲にあったという説もあるようです。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

fma********さん

2015/10/422:33:28

先に回答された方が、既に述べられていますが
式子内親王と、百人一首を編んだとされている藤原定家は
恋仲だったと伝承され、後の時代には能まで作られています。
それが本当だったかどうかは分かりませんが、
内親王・齋院という立場上、結婚や恋愛は認められていなかったので、
歌を通して恋を味わっていたのではないのでしょうか。
その証拠かどうかは分かりませんが、彼女は忍ぶ恋の歌をたくさん詠んでいます。

少し話は逸れますが……
定家は「玉の緒よ」が詠まれただいぶ後に
「思ふこと むなしき夢の 中空に 絶ゆとも絶ゆな つらき玉の緒」
という歌を詠んでいます。
定家としては、忍ぶ恋の代表歌である「玉の緒よ」を
歌のお手本として詠んだだけなのかもしれませんが、
2人が本当に恋仲であったなら、とてもロマンチックだなと思います。

乱文失礼しました。

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