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九州説、機内説以前に、「邪馬台国なんか存在しなかった。」という可能性はありま...

marjanoh_ad_duffさん

2016/2/2717:23:01

九州説、機内説以前に、「邪馬台国なんか存在しなかった。」という可能性はありますか?

ブラトンが「ティマイオス」で記したアトランティスのように、「魏志倭人伝」の中で邪馬台国が東方にあったら都合が良いなという動機で、想像に基づいて描かれたという可能性はないのでしょうか?

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tomato3723さん

2016/2/2721:26:09

ヤマタイコクはなかったという著作があります。
その結論はヤマイチコクであったということです。
先レスの方がシマタイコクだったと主張されてますが、
その方とも共通している結論は、
要するに名前はどうであれ魏志が記述した倭人の代表者たる女王が統治していた国はあったということです。

ちなみにプラトンが記したアトランティスの記事は、
いったい何の目的があったのかはよくわかりません。
しかし竜宮城や補陀落やニナイラカイのような話だと理解するなら、
何千年も前から人類は都市伝説が大好きだったんだなと。

そうはいっても邪馬台国が都市伝説だったというつもりはありません。
都市伝説の多くは悪ふざけが動機ですが、
魏志は正史です。
王様を騙すようなことはできませんよね。
王様自身が書けと命令すればできないことはないでしょうが、
そんなこと言い出す動機に見当がつきません。
現在日本列島に日本人が住んでいるのは間違いないのですから、
その当時にも日本人がこの列島に住んでいたのはほぼ確実です。
住んでいたのだから王国ぐらいはもってたでしょう。
そんな中にあったのが中国人の常識とはかけ離れていた女王国です。
創作っていうのにはちょっと無理があるんじゃないですかね。

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knnmytsucomさん

2016/3/511:09:46

魏志倭人伝には、邪馬台(壱)国が1回、女王国が5回記されています。
女王国は伊都国で、邪馬台国や邪馬壱国が存在する必然性は無いと考えています。

朝鮮半島では魏が公孫氏を滅ぼし帯方郡まで占領し更に韓への支配を強めていたのですから、倭人には魏の軍事力に対する脅威があったのです。倭人には女王国の場所を秘密にする理由があるのです。つまり倭人達(難升米等)は女王国の場所を秘密にした。

伊都国までの道程記事は魏略にも書かれていて魏の使者の見分ですが、奴国から邪馬壱国までの記述は倭人からの見聞で魏略には書かれていません。

倭人達(難升米等)は女王国を海の彼方にすることで魏の使者を欺いているのです。其の余の傍国や国々の戸数二万余・五万余・七万余は倭国が大国で大率(大きな軍隊)が存在していると思わせているのです。魏の使者も倭人伝の編者陳寿もこの倭人の策略に気づいていないのです。倭人は孫子の兵法「詭道」を実践しているのです。

伊都国の記事として倭人伝には「世有王皆統属女王国」魏略には「其国王皆属王女也」と記されていて、其の国の王が女王に属しているのなら其の国つまり伊都国に女王の宮室があってよいのです。女王の居処とする場所は伊都国しかありません。女王国は伊都国です。

<女王国のその後>
日本書紀で伊都国王の末裔と思われるのは筑紫国造磐井だけです。
孫子の兵法「詭道」を実践していた女王国(伊都国)は大和王権のように好戦的ではなく、四世紀ころには国造が置かれてその後大和王権に統属されたと推察できます。

2016/3/114:40:47

僕は九州にも近畿にも両方にあった説を推します。

中国の旧唐書がある。
魏志倭人伝より600年ほど後に書かれたものです。

そこに倭国と日本国という2つの国の名が出てくる。

魏志倭人伝よりも少し後の時代に書かれた、支那の旧唐書(くとうじょ)という歴史書に、そのことがはっきりと書かれているのです。
「日本國者、倭國之別種也。以其國在日邊、故以日本為名」というのがそれで、意訳すると「日本国は、倭国の別種なり。その国は日の出の場所に在るを以て、故に日本と名づけた」と書かれているのです。
つまり、九州王朝と畿内王朝は、「どちらもあった」わけです。

四面小島五十餘國、皆附屬焉

そして倭国の四方には小島がある。
国内とそれらの島々にある五十余国が、倭国の傘下にはいっている。


其國界東西南北各數千里、西界、南界咸至大海、東界、北界有大山為限、山外即毛人之國

日本国の境目は、東西南北に各数千里、西のはずれと南のはずれは、いずれも大海であり、東の方角には大きな山があり、その山の向こうは、毛人の国だというのです。

冒頭で、「倭国」は四方を海に囲まれた島国であり、四方の海には多数の小島がある、と書いているわけです。
ところがこの段では、「日本国」は、西と南は大海に面しているけれど、東の方角には大きな山(富士山?)があって、その向こう(富士山の東)は、毛人(アイヌのこと?)の国である、としているわけです。


更に、中国の隋の時代に書かれた隋書がある。
隋は唐の時代より昔なので旧唐書より古い。

有阿蘇山、其石無故火起接天者、俗以為異、因行禱祭。有如意寶珠、其色青、大如雞卵

倭国の真ん中には「阿蘇山」があり、そこの石は故無く火柱を昇らせ天に接し、俗人はこれを異として祭祀を執り行っている、というわけです。
倭国の中央には「阿蘇山」がある。
しかもその阿蘇山は、火を噴いています。
どうみても、この山は富士山ではない。
つまり「倭国」は、九州王朝だったということになります。

日本、古倭奴也。去京師萬四千里、直新羅東南、在海中、島而居
(中略)
彦瀲子神武立、更以「天皇」為號、徙治大和州。次曰綏靖、次安寧、次懿德、次孝昭、次天安、次孝靈、次孝元、次開化、次崇神、次垂仁、次景行、次成務、次仲哀

日本は、いにしえの「倭奴国」なり。
唐の都から一万四千里、新羅の東南にあたり、海中に在る島である、というわけです。
島・・・ですからこれは旧唐書と同じことを言っていて、つまり九州だ、というわけです。

邪馬台国が九州の倭国で、その倭国から神武天皇が東へ向かい近畿で大和朝廷を作った。

とするのが一番です。

旧唐書には日本国が倭国を併合したとある。

つまり、邪馬台国を大和朝廷が併合したんでしょう。

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2016/2/2816:17:16

(´・ω・)ジャップは古くから妄想が好きな部分があるからな…。
日本側の作り話か、中国側の作り話か勘違いか…。
色々な意味(理由)で存在しなかった説も有りなのでは?

2016/2/2814:26:42

可能性はあると思います。

2016/2/2721:37:23

昔はやった説ですよ。
九州の豪族が、中国に行った時に、中国からの侵略を恐れて、日本には大国があるんだって、あることないことウソをつきまくって説です。

ところで、アマテラスの岩戸事件って、昔から日食の事だって説があります。
計算したら、248年に日食がありました。そしてその年が卑弥呼が死んだ年だって事は、偶然だと思えないですけど。

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