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二・二六事件を起こした将校たちが天皇制度の廃止と統制経済を望んでいたなんて信...

a33********さん

2016/3/915:38:16

二・二六事件を起こした将校たちが天皇制度の廃止と統制経済を望んでいたなんて信じられますか?もし本当なら、天皇親政を掲げたというのは偽装という事になります。皇道派も本心は共産寄りなんですかね?

まあ、それに絡んでいた北一輝は左翼思想家なので本当かも。

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iki********さん

2016/3/1003:04:31

二二六事件の決起将校が天皇位の廃止を望んでいたという一次資料は皆無だと思います。後世の憶測ではないでしょうか。

統制経済については、他の方も書いていますが「左翼=統制経済」というのは、英米での図式または戦後の日本における図式です。戦前の日本では左翼は無論のこと、右翼でありながら統制経済を掲げる立場はあり得たのです。特に第一次世界大戦が終結してからは世界的にモダニズムが台頭していましたから、統制経済もまた経済体制上のモダニズム、つまり最先端の経済思想として一部の人々に称揚されていたのが当時の実状です。

統制経済や計画経済を信じるか否かの分水嶺は、右翼か左翼かではなく、社会や経済を人間理性に基づき合理的に制御できる、そう考えるか、そう考えないかです。加えて言うならば、右翼と左翼の分水嶺は経済体制の選択ではなく、自身の追い求めるべき理想社会を過去に想定するか、未来に想定するかです。理想社会を過去に想定する人が右翼、未来に想定する人が左翼です。

また二二六事件の決起将校が北一輝の思想を聖典にしていたというのは事実ではなく、決起将校のなかでは首謀者の磯部浅一が独り北一輝に強く傾倒していたに過ぎません。参考までに、もう一人の首謀者である村中孝次の遺書を以下に引用します。彼は決起の目的と北一輝の思想との繋がりを明確に否定しています。

「第一、今回の決行目的はクーデターを敢行し、戒厳令を宣布し軍政権を樹立して昭和維新を断行し、以つて北一輝著『日本改造法案大綱』を実現するに在りとなすは是れ悉く誤れり。群盲象を評するに非ざれば、自家の曲がれる尺度を以つて他を忖度量定するの類なり。
一、吾人は『クーデター』を企図するものに非ず。武力を以つて政権を奪取せんとする野心私慾に基いて此挙を為せるものに非ず、吾人の念願する所は一に昭和維新招来の為に大義を宣明するに在り。昭和維新の端緒を開かんとせしにあり。(後略)」(『二・二六事件──獄中手記・遺書』河野司編、河出書房新社、1972年、183頁)

  • 質問者

    a33********さん

    2016/3/1022:53:40

    社会主義は全て左翼と思い込んでいました。社会や経済の仕組みを革新するので左翼というふうに。

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cel********さん

2016/3/1607:00:24

>二・二六事件を起こした将校たちが天皇制度の廃止と統制経済を望んでいたなんて信じられますか?

天皇制の廃止については、全く信じられませんね。そもそも、一般的な理解と真逆の話は、根拠を挙げないで言っている人がいても、単純に無視すればいいだけと思いますが…。歴史の議論は、根拠を挙げてするものですから、根拠を挙げずに結論だけ言っているのは、最初から歴史の議論をする気がない、って事です。

…といってしまったら、回答にはならないので、ご参考までに回答すると…

二・二六事件については、当事者が何を考えていたか、が、(例えば)「二・二六事件 獄中手記・遺書」(河野司著・河出書房新社・1989年)などで記録に残っています。(因みに「二・二六事件 獄中手記・遺書」は、二・二六事件に参加し、湯河原で牧野伸顕前内大臣を襲撃した河野壽大尉の兄が書いた本です)
が、残念ながら私は大きな図書館に行かないとその本が見られないので、その一部しかご紹介できず、他はネットで見られる当事者自身の記録に基づき回答します。

まず、二・二六事件蹶起趣意書です(↓)
https://kotobank.jp/word/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AD%E4%BA...

冒頭の

「謹んで惟(おもんみ)るに我が神洲たる所以(ゆえん)は万世一系たる 天皇陛下御統帥(とうすい)の下に挙国一体生成化育を遂げ遂に八紘一宇(はっこういちう)を完(まっと)うするの国体に存す。」

末尾の

「臣子たり股肱(ここう)たるの絶対道を今にして尽さずんば破滅沈淪(ちんりん)を飜すに由なし、茲(ここ)に同憂同志機を一にして蹶起し奸賊を誅滅(ちゅうめつ)して大義を正し国体の擁護開顕に肝脳を竭(つく)し以つて神洲赤子の微衷を献ぜんとす。
皇神皇宗の神霊冀(こいねがわ)くば照覧冥助(めいじょ)を垂れ給はんことを!」

だけを読んでも、「天皇制廃止」とは正反対のことを言っているのは明らかですね。蹶起趣意書も「騙し」と言えばそれまでですが…。

もう一つ、磯部浅一の獄中日記がネットで見られます。(↓)

その八月二十八日分をまるごと引用します。

~~~

竜袖にかくれて皎々不義を重ねてやまぬ重臣、元老、軍閥等のために、いかに多くの国民が泣いているか。
天皇陛下 この惨タンたる国家の現状を御覧下さい、
陛下が、私どもの義挙を国賊叛徒の業とお考えあそばされていられるらしいウワサを刑務所の中で耳にして、私どもは血涙をしぼりました、真に血涙をしぼったのです。陛下が私どもの挙をおききあそばして、「日本もロシヤのようになりましたね」と言うことを側近に言われたとのことを耳にして、私は数日間気が狂いました。
「日本もロシヤのようになりましたね」とははたして如何なる御聖旨かにわかにわかりかねますが、何でもウワサによると、青年将校の思想行動がロシヤ革命当時のそれであるという意味らしいとのことをソク聞した時には、神も仏もないものかと思い、神仏をうらみました。
だが私も他の同志も、いつまでもメソメソと泣いてばかりはいませんぞ、泣いて泣き寝入りは致しません、怒って憤然と立ちます。
今の私は怒髪天をつくの怒りにもえています、私は今は、陛下をお叱り申し上げるところにまで、精神が高まりました、だから毎日朝から晩まで、陛下をお叱り申しております。
天皇陛下 何というご失政でありますか、何というザマです、皇祖皇宗におあやまりなされませ。

~~~

天皇を「叱って」しまっていますが、それは磯部自身が義挙と思っている事を国賊・反逆と考え、はては「ロシア革命と近いものがある」と言っているらしいことに怒っている訳で、天皇制を廃止しようと思っている人間が、「天皇を叱る」訳がないですね。磯部が考える正しい「天皇の姿」があるからこそ叱っている訳でして…。

磯部の死刑判決は7月5日までには降りていて、死刑執行を待つ身だった事は、八月二十七日分の「処刑さるるまでに寺内、次官、局長、石本、藤井らの奴輩だけなりとも、いのり殺してやる。」という部分でわかります。つまり、この日記は、磯部が死ぬ前にその感情を記したもの、って事です。天皇制廃止を目指してクーデター未遂事件を起こした首謀者の一人が死ぬ直前に「天皇が自分の義挙をロシア革命と同様に考えている事で数日間気が狂い」ますかね。そんな訳がないですよね。

こういう資料があっても、全部それは嘘をついているのであり、実は二・二六事件の首謀者たちは天皇制廃止を狙っていたのだ、というのは、生まれたすぐあとから健康診断などがあって、病気になれば医者に行き、骨折の疑いがあればレントゲンもとり…、とかしているにも関わらず、「日本人の中には宇宙人が大量に紛れ込んでいる。健康診断をした医者も実は宇宙人で記録を捏造しているのだ」っていうのと本質的には同じ、と思いますね。

統制経済云々については、ひょっとして、二・二六事件の背景には北一輝の思想があり、北一輝は私有財産の制限を主張していたからですかね…。

先に北一輝の思想の方を見てみます。

青空文庫で北一輝の「日本改造法案大綱」が見られます。(↓)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000089/files/52931_49104.html
確かに、「一家族の私有財産の上限を百万円、土地所有を十万円、私企業の資本金の上限を一千万円とし、それ以上はすべて国有とする」とあります。
でも、蹶起趣意書では…

~~~

然(しか)るに頃来(けいらい)遂に不逞凶悪の徒簇出(ぞくしゅつ)して私心我慾(がよく)を恣(ほしいまま)にし至尊絶対の尊厳を藐視(びょうし)し僭上(せんじょう)之れ働き万民の生成化育を阻碍(そがい)して塗炭の痛苦を呻吟せしめ随(したが)つて外侮外患日を逐(お)うて激化す、所謂(いわゆる)元老、重臣、軍閥、財閥、官僚、政党等はこの国体破壊の元兇なり。

~~~

というように、国体破壊の元凶として財閥を挙げてはいるものの、経済政策について何も言ってませんよね。

磯部の獄中日記の八月十日分でも…

~~~

天皇を政治的中心とせる元老、重臣、貴族、軍閥、政党、財閥の独裁の独裁国ではありませぬか、いやいや、よくよく観察すると、この特権階級の独裁政治は、天皇をさえないがしろにしているのでありますぞ、
天皇をローマ法王にしておりますぞ、ロボットにし奉って彼らが自恣専断を思うままに続けておりますぞ。

~~~

と財閥を元老・重臣などとあわせた「君側の奸」のような存在として挙げているだけです。

全般的に、二・二六事件の首謀者達は、軍縮などの統帥権干犯問題や大恐慌の後の農民などの苦しい状況を、「君側の奸」が道を誤らせているからそれを除けば解決できる、と言った甚だ漠然とした考えが主な動機じゃないでしょうか。

財閥に対する反感も強かったので、それを抑えるという意味での「統制経済」を考えていた、という事であれば、“統制経済を望んでいたなんて信じらない”という程の事もないですが、どちらにしろメイン・テーマではない、っていうのは間違いないと思います。

>それに絡んでいた北一輝は左翼思想家なので本当かも。

う~ん、北一輝って左翼ですかねぇ…

少なくとも、2.26事件の首謀者の中の磯部浅一と村中孝次にとってバイブル的存在だった「日本改造法案大綱」では…

『時價拾萬圓トシテ小地主ト小作人トノ存立ヲ認ムル點ハ、一切ノ地主ヲ廢止セント主張スル社會主義的思想ト根據ヲ異ニス。又土地ハ神ノ人類ニ與ヘタル人權ナリト云フガ如キ愚論ノ價値ナキハ論ナシ。凡テニ平等ナラザル個々人ハ其經濟的能力享樂及經濟的運命ニ於テモ劃一ナラズ。故ニ小地主ト小作人ノ存在スルコトハ神意トモ云フベク、且ツ社會ノ存立及發達ノ爲メニ必然的ニ經由シツツアル過程ナリ。』

…とわざわざ社会主義的思想とは根本的に違う、って言ってますよ。

北一輝の「日本改造法案大綱」の磯部浅一と村中孝次にとって意味は、彼ら自身が残した記録からわかります。

例えば、上記の磯部浅一の獄中日記の八月一日分には「余の所信とは日本改造法案大網を一点一角も修正することなく完全にこれを実現することだ。法案は絶対の真理だ、余は何人といえどもこれを評し、これを毀却することを許さぬ。」と書いてあります。

村中孝次も遺書に相当するものの中ので…

①『日本改造法案大綱」は頃日愛読して思想的に啓発せられし所大なりと謂はざる得ず、然れども今回の挙に於いては 同書に掲げたる国家機構を一の建設案として、これが現出を企図せりと言ふが如き事実なし』(「二.二六事件: 獄中手記・遺書」河野司著・河出書房新社・1972年・P192)

②『昭和維新ハ「法案」ヲ中心トスル一団ノ同志ノ外ニ実現シ得ルモノナシ』
(同書P 221 ページ)

と言っています。つまり、「2.26事件は日本改造法案大綱にある体制を現実に生み出そうとしたものではない」とは言っていますが、村中にとっての「日本改造法案大綱」は「思想的に啓発され」、自分の死後も目指して貰いたいものだった、という事ですね。(ikina2agariさんとは違う解釈です。②と合わせると、村中は、2.26事件はあくまできっかけであって、日本改造法案大綱にある体制を直ちに実現しようとしたのではない、と言っていると理解すべき、と思います)

が、その一方で、磯部は獄中日記の八月二十一日分で、

『今回死したる同志中でも、改造法案に対する理解の不徹底なる者が多かった、また残っている多数同志も、ほとんどすべてがアヤフヤであり、天狗である』

と言っています。2.26事件全体を北一輝の思想で説明しようとするのは無理です。

(追記)
村中は2.26事件の取り調べで検察官から『私産限度制ノ限度ガ確定的デナイ以上共産主義ナリ』と言われています。(上記の本のP219)
つまり、本人達は全く共産主義ではない(蹶起趣意書では“共匪”とまで言っている)にも関わらず、そういうレッテルが貼られた、って事です。

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pxp********さん

編集あり2016/3/1000:17:58

○天皇暗殺が視野にあった二・二六事件。
「ここだけの話ですが、その時は陛下を弑(しい)し奉り、自決する覚悟でした」左翼にこの価値観はない。

政治の主導を握りたい高級将校、将軍級が、青年将校の熱い意思を利用したとも考えられている。
後に東條が二・二六事件の前例で政治家を脅し、実際に陸軍の躍進に繋がる。

翌年、南京事件、陸軍幹部は動揺。

二・二六事件は三島由紀夫が縁深い。


○宮城事件
森近衛師団長は蹶起に反対したが、水谷近衛師団参謀長、参謀の古賀、石原、竹下らは決行。

東条の女婿の古賀の依頼により近衛師団の大隊長の北畠暢男は750名の兵力を8月12日から投入する決心だった。

玉音放送録音は閣僚しか知らないので、宮城事件には一部閣僚と陸軍中枢も関わったと言われる。

森師団長は浴衣姿で義弟と懇談中に問答無用で惨殺された。

昭和天皇
「平沼は陸軍に巧言、美辞を並べながら、陸軍から攻撃される不思議な人だ。結局二股かけた人物か。」

阿南陸相
「近衛師団は起っても東部軍は起たないだろう」
「森師団長も斬ったか。このお詫びもすることにしよう」
陸相官邸で14日深夜に切腹自殺。

聖断前には戦争続行の為に昭和天皇退陣の話もあった。

二・二六事件も天皇暗殺の企てがあり、更にいよいよ終戦ということが考慮され、
クーデター反対かつ終戦決行の昭和天皇を退けて戦争続行するには天皇暗殺もやむなく、実行犯の自決後、新体制の可能性もあったとも見られている。

※東條・陸軍は満州利権を手放せず日米開戦・資源停止・一億玉砕を選択した。当時のアメリカの戦力は日本の10倍。

東條「政府・国民がこんなに簡単に手をあげてしまう様な意気地なしとは夢にも思わなかった」
「たった二発の原爆で降伏してしまった」
※東條家は宮城事件関与に否定的。

東部軍の説得に失敗した彼らは自殺したり逮捕され、後に実行犯は靖国神社に合祀された。

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lex********さん

2016/3/923:54:31

2・26事件の将校たちは北一輝の「日本改造法案大綱」という本を自分たちの聖典として、クーデターを起こしたわけですので、それを読むと、天皇の統帥権を利用して憲法を停止し、戒厳令を敷き、政党を排し、土地を国有化し、天皇の親政を目ざしていたことが分かります。
北一輝は若いときに「国体論及び純正社会主義」という社会主義的な本を著しましたが、天皇機関説を考えていたようで、天皇親政と言いながら、実際は軍部独裁が本心だったように思います。
でも、左翼思想家というと、どうですかね?
右翼の大立者で、三井財閥から毎年2万円の金を取って、贅沢な暮らしをしていたようですから、右翼ゴロだと思います。
2・26事件が起こることは、噂があったから、軍と特高警察は、事件が起きたらこの際、西田税と一緒にドサクサまぎれに捕縛して処刑しちゃおうともくろんで、陰謀を凝らし、直接関係なかったのに、処刑しちゃいました。
でも、「日本改造法案」によって事件を起こしたので、北一輝も仕方がないと思って、責任を取ったんでしょう。
処刑される前に将校たちは「天皇陛下万歳!」と言ってみんな死んで行ったのに、北一輝ひとり「私は遠慮する」と言って叫びませんでしたが、そこに北一輝の本心を見たような気がします。

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2016/3/921:55:05

2・26事件当時、学校教育では「天皇の下で国民は平等」と教えられていました。
しかしところが実際には地方の農村は貧しく、政治家や財閥との格差は隔絶していました。
青年将校たちはこれに憤慨し、「特別な存在は天皇だけで良い」と考え、「天皇が親政を行うことで、国民は平等に恩恵を受ける」という、いわば天皇制社会主義をめざしました。
もし昭和天皇がこれに頑強に反対すれば、退位させて弟の秩父宮を立てればいいと計画していましたが、天皇制打倒は考えていませんでした。

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pio********さん

2016/3/917:00:13

そんな事は無いと思うけど、ネタは何かな。
自分の知る限り、彼らは謂わば「天皇制原理主義」で、昭和天皇の退位は望んでいただろうけど、天皇制の廃止はあり得ないと思う。
それと、「統制経済=左翼」というのは戦後の冷戦の対立構造で培われた連想の図式で、左翼であれ右翼であれ、両極に寄れば統制とか独裁を思考するもの。
現に日本は国家総動員法により統制経済を敷いていた。それを「社会主義」と呼ぶと、「左翼」と混同する人がいるので「全体主義」と言い換えていただけ。
北一輝の思想もあくまでも右翼の社会主義であって左翼ではない。

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