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大塩平八郎は身近に感じる存在ですか?

pon********さん

2016/4/203:25:56

大塩平八郎は身近に感じる存在ですか?

江戸時代であっても幕末の人はすごい昔の人って感じがしないですよね。

例えば、まだ日本には15代将軍徳川慶喜を目撃した人が存命してますし
今長生きのお爺さんお婆さんが子どもの頃には
明治や幕末生まれの人と接する機会も有ったはずです。

当時の写真が残っていることも、身近に感じる理由の一つだと思います。

では身近に感じないほどの昔に遡ろうとしていくと
江戸時代後期の大塩平八郎さんはどうでしょうか?

写真がないですし、大塩平八郎さんと接触有る人や
又聞きでも当時の話を聞いたことがある人は居ないと思います。

大塩平八郎さんはどういう人がイメージもできないような
すごい昔の人に感じますか?

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2016/4/204:28:32

黒船来航が嘉永6年(1853年)、大塩平八郎の乱が天保8年(1837年)ですから十五年の隔たりがありますね。幕末の人ではありませんが、そんなに大昔の人でもないです。実際、黒船来航の折、実はまだ生存していた大塩平八郎が黒船に乗船していたという噂もあったそうです。

もし生存していたら大塩平八郎は六十才、高齢ではありますが、そういうこともあり得るかなという年ではあります。

いや、単なる都市伝説ですけどね(笑)。

吉田松陰の蔵書目録の中には、大塩平八郎の著作『洗心洞劄記』も含まれていたそうです。大塩平八郎の判決文を書いたとされる鳥居耀蔵は明治6年(1873年)まで生きています。 明治維新と大塩平八郎は直接関係していませんが、微妙に時代を接していたとは言えるのではないでしょうか。

質問した人からのコメント

2016/4/4 06:34:30

>大塩平八郎の判決文を書いたとされる鳥居耀蔵は明治6年(1873年)まで生きています。

大塩平八郎をさばいた人は、明治の世に入って
そのことについて何を思ったのでしょうね。
想像を掻き立てられます。

理詰めでは少しの年数の違いかもしれませんが
他の幕末の人程は親近感が沸かない昔の人のように私は感じます。
ギリギリのラインかもしれませんね。

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