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クリフジ世代について

tb_********さん

2008/4/710:16:49

クリフジ世代について

ウオッカは、ダービーを勝ったものの、同世代の牡馬のレベルが低いといわれるため、評価を下げてますが、ダービー、菊花賞を勝ったクリフジの世代の牡馬のレベルは、どうだったのでしょうか?また、その頃の年間の生産頭数はどのくらいだったのでしょうか?

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sou********さん

2008/4/802:55:42

クリフジが勝った「京都農商省賞典4歳呼馬」つまり今の菊花賞ですが、そのレースの2着がヒロサクラ、3着がイマヒカリという馬でした。
翌年の春の「帝室御賞典(春)」つまり今の天皇賞(春)、1着ヒロサクラ、2着イマヒカリと、クリフジに敗れた馬がそのまま1,2着になっています。
このヒロサクラという馬は、古馬になって「帝室御賞典(春)」を含め4戦4勝。
種牡馬としてもクラシックホースまで出していますし、かなり強かった馬というように評価されています。
http://www.ne.jp/asahi/eidai/nagi/horse/hirosakura.html

そのヒロサクラを大差ぶっちぎったのですから、やはりとんでもない牝馬だったと思います。
なお、当時のサラブレッドの生産頭数は500頭程度だったそうです。
今は8000頭くらいですので、かなり少ない数字ではあります。

質問した人からのコメント

2008/4/13 10:29:27

世代のレベルを問うまでもなく、史上最強クラスの1頭であることはまちがいないようですね。

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yuk********さん

2008/4/804:14:37

クリフジが負かした馬が古馬になってから今で言う天皇賞を勝ったとかレベルは低くなかったですよ。
野平氏や、故・大川氏ら当時を知る方々は未だにクリフジを最強と推します。
当時は今のようにゲ~トがあってスタ~トするのではなくて、ロ~プが張ってあって、馬はその後ろでグルグル回ってたりしてスタ~トの時を待ち、ロ~プが降ろされたらスタ~トするやり方でした。
クリフジは大きく出遅れるも、終わってみれば大楽勝だったと。

血統も整備されてなくて、小柄な馬が多い中、当時で500キロを越える馬体で子供にも優秀な馬がいます。
また故・大川氏によりますと、当時の勝負審判が
「クリフジが走るレ~スは楽。 だって勝つ馬が決まってるから」
とまで言ってたそうです。
強い馬というより、何か別の生き物のような感じだったのではないでしょうか?

当時は生産頭数が1000頭にも満たなかったと思います。
が、多い少ないを超えた絶対的な存在、時代を超越した強さであった事は確かなようです。

クリフジは当時の競走馬としては規格外の馬体の持ち主、500k以上有ったと云われています。

25頭立てのダービーで出遅れながら、楽勝のR勝ち、

有馬記念連覇のスピードシンボリの主戦騎手、

野平祐二氏は、雄馬、雌馬問わず最強馬はと聞かれると、一言、クリフジ彼女の名前が出るそうです、

当時の競走馬のレベル、生産頭数は分かりません、

分かっているのは、クリフジが規格外の、スピート、スタミナ、勝負根性の持ち主だった事です。

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