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ソ連がかつてバルト3国を占領したことがあるのですか?

mer********さん

2016/6/2216:29:24

ソ連がかつてバルト3国を占領したことがあるのですか?

ソ連がかつてバルト3国を占領したことを謝罪しないのか、と記者会見で聞かれたプーチンさん

下記の様な記事を見つけたのですが、未だに信じられずにいます
第一次世界大戦中は、日英同盟を結んでいたイギリスと、第二次大戦でドイツに敗れた弱っちいフランスが、アフリカ大陸を真っ二つにして、植民地政策=山分けしていたなんて、まだまだ世界は秘められた過去顔ありのようです。

その中で、一応、日露戦争で負けた【ロシア】が、30年後には、「かつて第一次大戦中に『ヨーロッパの火薬庫』と言われた火薬庫を。それも、3つ【の国】をも支配下に入れたとなると、感動し、見直してしまい
ます。
そんなすごい国だったなんて。そして、それと戦って勝利した『日本』の戦時力も感動物です。【注1】

冷戦の被害者としていちばん適例なのはバルト三国だ。東西の冷戦は第二次大戦中にすでに始まっており、開戦の翌1940年にはもうエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国はソ連邦に強制加入させられ、国の独立を喪失した。
さらに45年2月のヤルタ会談で米英両国がバルトの現状を追認してしまい、西側にも見捨てられた形になった。

約半世紀のソ連支配ののち、バルト三国は冷戦終結に呼応して直ちに独立回復宣言を発し、実際にソ連崩壊直前の9月、ゴルバチョフ大統領に独立を認めさせた。

独立回復後の三国は、駐留していたロシア軍の撤退を実現させ、2004年3月には北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、同年5月にはヨーロッパ連合(EU)にも加盟が認められた。つまり、完全に西欧の仲間入りを果たしたわけである。

このように冷戦の被害者であったバルト三国は、冷戦終結によって明らかな受益者となった。

このちょうど真逆がユーゴスラビアである。ヨーロッパの火薬庫とまでいわれたバルカン半島は、ソ連にほとんど軍事制圧されることによって内部抗争を抑え込まれ、チトーというすぐれた政治指導者が率いる連邦国家にまとまることができた。
チトーは、スターリンがソ連型共産主義でソ連邦内の民族自我(いわゆるNationalism)を絶滅させ得ると考えたのと同様、ユーゴでも独自の社会主義でバルカン半島の民族自我を克服できると考えた。

しかし、結果はソ連と同じだった。チトーの死(80年)と共にユーゴ連邦は揺れはじめ、冷戦終結に伴って6つの共和国が激烈な内戦に突入した。多数派のセルビア人によるモスレム人(イスラム教徒)絶滅の試みさえ窺えるに至り、NATO軍が域外派兵して実力で制圧する事態にまで発展した。

現在、旧ユーゴ連邦は新ユーゴ(セルビアとモンテネグロ)、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア旧ユーゴスラビア共和国(暫定国名)の五独立国に分かれ、さらにセルビア内のコソボ自治州(モスレム多数)の地位は未定のままという不安定状態にある。

つまり、ユーゴは冷戦によって歴史上初めての統一を実現し、東欧圏にあってソ連べったりではない独自の存在を示すことができた。国際的にもチトーは、エジプトのナセルやインドのネルー、インドネシアのスカルノなど、いわゆる第三世界のカリスマ指導者たちと並ぶ存在感を誇った。
明らかに、冷戦の受益者だったのである。

それが、冷戦終結と共にすべてが逆戻りし、25万人以上といわれる犠牲者を出す内戦になった。それでもまだ先が十分に見えていない現状である。

このように対比させてみると、冷戦の被害者と受益者が、冷戦終結で逆になるということがよくわかるだろう。

さて、そうすると、わが日本はどうなのだろうか?

これが、問題です。

そう、日本も実は、後者のタイプだと考えざるを得ない。
日本も、明らかに冷戦の受益者だった。

ヤルタ会談ではルーズベルトの死にかけた頭のおかげで、不法不当に領土と権益を奪われてしまったが、その数ヶ月後にはトルーマンがスターリンの北海道進駐を水際で断固はねつけた。日本占領も事実上、アメリカだけで行われた。-以下略- 終結で逆になった冷戦の被害者・受益者http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/column074.h...平成17年12月30日

日露戦争がすごい理由【陸軍編】 世界史上の奇跡と評される日本軍の活躍http://blog.goo.ne.jp/1079sasa/e/9f6a2b5fe3a36dac40d2558f6cde7d06

前略 黒木はこの作戦を見事に成功させたことで、これを見ていたドイツ軍の観戦武官ホフマン大尉は、黒木の手をとり「私はこれほど尊い教訓を受けたことはなかった」と賞賛。後にホフマンは、第1次世界大戦でロシアと戦ったタンネンベルグの戦いにおいて、黒木の戦い方を真似て大成功を収めました。

一方のロシア国内では、1917年に同国を支配していたロマノフ朝が崩壊する「二月革命」が起きる
つまり、ロシア革命の遠因は日本軍の活躍と言っても過言ではありません。

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ベストアンサーに選ばれた回答

fri********さん

編集あり2016/6/2304:20:00

質問長すぎるから、ユーゴ部分はカット(かつて何度か詳しく回答したから暇なら過去回答読んでくれ♪)

バルト3国だけ。
ここはロシア帝国時代には、長くロシア領だった地域。19世紀ロシア帝国は、ソ連より広く、フィンランドやポーランドも支配していた。
日露戦争時代も!

1914~1918の第一次大戦後、ロシア帝国はソ連になり、フィンランド、バルト3国、ポーランドは皆、独立。

ただし第二次大戦開始でポーランドがドイツとソ連に分割されると、ソ連は勝手にバルト3国も併合。
フィンランド併合だけは失敗。何と真冬、フィンランド軍に破れたのだ!

当然、バルト3国は大不満。この地域は中世にはドイツ騎士団が支配したり(スウェーデンが支配した事もあった)で、独ソ戦が始まるとバルト3国はドイツ側に付いた。

第二次大戦でドイツが負けて、ソ連相手に健闘したフィンランドだけは何とか独立保ったが、バルト3国はまたまたソ連領に。ポーランドもソ連の子分国に。


だが1991年、ソ連崩壊すると、バルト3国は反ロシア剥き出しに成り、EUに接近、今ではEU加盟国。しかもポーランドやチェコより経済が良く、ユーロを通貨に♪

相変わらず反ロシアで、ラトビアなど、毎年、元ナチス親衛隊員やその子孫が、ナチスの格好でパレード。

ロシアは怒るが、ドイツは内政干渉になるから止めさせられない。

ユダヤ人らもラトビアがまあ小国だから、余り世界に影響なしと判断してか、手出ししない。


追記…最後の日本の部分ね。
確かに冷戦で得していた。
またバブル崩壊がソ連崩壊と重なるのは、冷戦が終わりドイツは東西統一、逆に日本は資本主義圏最前線のメリットが減った。
また日露戦争で日本に大金貸し勝利に貢献したユダヤ大富豪が、返済の便宜計り日系企業をアメリカで儲けさせたが、1989年または1991年、日本はユダヤに返済完了。

この辺りがバブル崩壊の2大要因では?

質問した人からのコメント

2016/6/28 20:45:20

貴重なご回答有難う御座います
成程、仰る通りだと思いました
今後どのような展開になるのでしょう
今後共ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します
皆様の貴重なご回答、心より感謝致します

★fritz_der_3te様のご回答はとても楽しく拝見させていただいていました
今回も、私で走りえなかったご回答を頂き、凄~~く感謝致しておりますm(._.)m

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