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着物は、なぜ「染め」の着物の方が「織り」の着物より格上とされるのでしょうか? ...

たかぎりょうこさん

2008/4/2307:56:28

着物は、なぜ「染め」の着物の方が「織り」の着物より格上とされるのでしょうか?
また、なぜ帯ではその反対に「織帯」の方が、「染帯」より格上とされるのでしょうか?
歴史的観点から理由を知りたく思います。

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wat********さん

2008/4/2414:11:45

織の着物は本来仕事着という感覚だったからだと思います。
絣も、紬も農作業が終わった後、農家の片隅で織られていたものです。
今では、高級品の代名詞になっていつかは「結城」といわれる結城紬も元は、仕事着です。

木綿では絣、紬糸では紬、絹糸の強撚糸で織られたお召しも、
将軍という身分が高い方が好んで召された普段着です。
それを町民が着るようになって、通常の織の着物より格が上となったのでしょう。
その格が上というのも、前述の将軍がお召しになっていたからという理由からです。

宮崎友禅斎が発案した友禅が盛んに染められるようになって、染の着物が確立したと思います。
それは、また多色を用い、たくさんの手を経た言ってみれば、どれだけ加工にお金がかかっているか、
また、一般の家でできる品物ではなく、設備や人手が必要で、そんなことができるのは身分の高い人や、富裕層だったから
格が上ということになったのだと思います。

最近、とてもしなやかな絹糸を先染めし、地模様を織った着尺を目にする機会がありました。
ブラジルで産出する糸を使っていて、エルメスのスカーフと同じ絹糸を使っているとのことでした。
これで、真っ黒の着物が織れるのか聞いてみると、それは無理とのこと。
黒に染めるには、何度も何度も染を繰り返す必要があり、糸の段階で染めたのでは、
光の反射で真っ黒とそうでない部分が出てくるといったようなことを言っておられました。

染めだと、黒を染める時は、まず紅花の赤、または藍の紺で染め、それから何度も黒をかけていくと聞いています。
結局は、どれだけ手間がいって設備がいるかの問題になるのでしょうか。

余談ですが、大島紬は、紬といっても紬糸ではなく、絹糸で織られています。
また、柄ゆきも最近ではコンピュータの発達で、考えられないくらい精密な柄を織ることができるようになりました。
それでも、織は普段着、それで染大島というのが考案されたのだろうと思います。

また、真綿のくずを集めた紬糸ではなく、絹糸で織られた繊細な白布に華やかに染めていく、
お金がかかるということは、身分の高い人や富裕層でないと着られなかったということだと思います。

格上、格下も身分制度の名残かもしれません。

反して、帯については織が格上、染はおしゃれとなっています。
昔々は、正倉院にある錦のように、細かく織られた織物はたいへん高価です。
織物の中でも、錦や緞子(金襴緞子の帯締めながらという童謡がありますね。)は、
紋紙というものを用いて織られているのだそうで、そんな紋紙という特殊なものを必要とするものは、
やはり、設備と手間と、身分の高い人か富裕層でしか誂えられなかったものなのでしょう。

織りでも、紬はやはり着物で言ったように、普段のおしゃれ用です。

染めの着物に、織の帯、織の着物に染めの帯といって、この選び方だと失敗がないといわれているのは、
友禅などの染めの着物には、錦や緞子の帯、
結城や、大島などの織の着物にはおしゃれ用の染めの帯(塩瀬はその最たるものです)という例を言っているのだと思います。

質問した人からのコメント

2008/4/29 14:07:31

降参 みなさま、詳細な記述をありがとうございました。
本当に甲乙つけがたいお答えばかりで、
みなさまにポイントをお配りしたいところなのですが、
染色作業の手間、社会的な身分制度によることなどを記述くださった方を
今回はベストアンサーとさせていただきました。本当にありがとうございました。

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aiy********さん

編集あり2008/4/2705:57:46

【始めに】
全ての工芸品について、色の美しさを際立たせる力を持たせる要素に、「色の厚さ」があります。

例えば、同じ色の真珠でも「巻き」が厚い程真珠独特の輝きを増します。
漆でも塗り重ねるほど吸い込まれるような深みを出します。
車の塗装でもそうですね、高級車ほど塗装を何度も重ねています。

繊維製品の場合でも、
・織のタータンチェックと、プリントでタータンチェック模様とを較べてみて
・フェイラの模様を織り出したタオルと、その模様を印刷した生地とを較べてみて
織り出した物の方が、力があることはお判りですね。

ですので世界の中では一般的に、衣類は色糸で模様を織り出したもの・刺繍を施した物が正式と認められています。
中国や韓国の宮廷服でも織の服を着ていましょう。
ヨーロッパの絵画を見ても宮廷の服装は、織模様・刺繍になりますし、日本の皇室でもイブニングドレスは織の地模様に成ります。

日本でも平安貴族の着る衣装は有職紋と呼ばれる織生地が主体で、染めの衣類は一部に使われる位です。

【帯について】
「織の帯」と称される物は、金糸銀糸や様々な色糸で模様を織り出したものを指し、金襴・銀襴や唐織・招把・綴れ、が該当します。
糸をタップリと使い、厚く織った生地は模様がくっきりと現れ、格調高い印象があります。

【着物について:友禅染め以前】
現代の着物の形でも織の生地で作った物はあり、それは能衣装の小袖です。色糸が浮出るように織った物(唐織)で「豪華絢爛」と言う言葉に相応しい物ですが、衣類としての着易さでは適切な物ではありません。
小袖のように、体に沿うようにまとう衣類ではしなやかな素材が望ましいもので、当初十二単の下着であった物が表着として着られるようになった当初から、小袖は染め模様でした。
室町時代の応仁の乱を機に表着として定着してきますが、模様付けは芋版の様な捺染・蝋纈(ろうけつ)・纐纈(こうけち:絞り染め)を用いています。
博物館で徳川家の遺品等を見ますと、上等な物は絞り染めが多く、これに刺繍を施した物もあります。
この中には今では誰もが憧れを持つ(当時も憧れの的ですが)「辻が花」があります。

ですが絞りの手法は染める色の数分だけ、輪郭を縫い絞り~染料に浸し~乾燥し~絞り糸を解す、過程を繰り返します。
大変手間のかかると共に、細かい文様や色のぼかしなどは出来ないものでした。
また「辻が花」でも一部施されていますが、生地に直接絵を描くことも行なわれています。尾形光琳の小袖は東京国立博物館にも収蔵され、ご覧になった方もいらっしゃいましょう。
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?processId=00&ref=2&Q1=&Q2=&Q3=&Q4=...

【着物について:友禅染の開発】
宮崎友禅斎が集大成した友禅染めで、様々な色を混じる事無く、にじむ事無く生地に染め付けることが出来るようになりました。
宮崎友禅斎についてはこちらをご覧下さい。
http://www.kougei.or.jp/crafts/kyoto/yuzen1.html

友禅染めは生地の風合いを損なうことも無いので、小袖の着易さがそのまま残り、織では表せないような繊細な表現が可能となります。
しかも生地の裏まで染料が徹り、更に絹の繊維の内部にまで染料がしみ込みます。
プリントの様な生地表面に染料を塗った物とは異なり、生地の厚さがそのまま「色の厚さ」に成ります。

その為友禅染めは、「染め」といっても「織模様」に負けない力を持っています。
しかも絵画の様な絵柄の染色が可能となりますので、格調の高さも備わっています。

これが「染め」の着物は格上、とされる由縁と解釈していますが、如何でしょうか。

【奢侈禁止令と総鹿の子絞り】
総鹿の子を「格下」と仰る方がありますが、これは庶民が武士よりも華やかに装うことを嫌ったために、江戸幕府が発行した「奢侈禁止令(しゃしきんしれい:贅沢を禁止する法律)」で総鹿の子を禁止した事に由来します。
いわば作られた「格下」ですね。

【その他の染色】
染め帯:優しげな印象があり美しい物と感じますが「格調高さ」では織帯より一歩引くと感じられます。
紬の帯・紬の着物:紬は生糸と比べ輝きが劣る事と、多くの場合は、絣模様になりますので「格調高い」には少々遠いですね。
色糸で織り出した着尺:少々厚手に成りますのでコートが多いようです。色の鮮明さでは染めに譲りましょう。

なお久保田一竹さんに代表される辻が花や、多色の絞り染めは生地の裏まで染料がしみとおり、また金銀彩や刺繍を施したり、友禅と併用され格調高いと感じています。

漫然とした記述になりましたが、日本の伝統的な染色であるからこそ、染めの着物が「格上」と評価される由縁に成りましょう。

duv********さん

編集あり2008/4/2321:15:19

「織り」と言っても、「織りの着物」の織りと、「織りの帯」の織りでは指している物が違います。

織りの着物=紬、八丈、銘仙、御召など先染めの普段着の着物で、木綿や麻なども含む。(但し、御召は別格)
織りの帯=唐織、綴織などの錦といった、最も格の高い絹織物。

「織りの帯」と言ったら礼装用に使われる錦などの事で、紬の帯を「織りの帯」とは言いません。
紬の帯はお洒落用です。



江戸の初期の格付けは「織り込み>刺繍>染め(>紬)」。
武家の女性陣は桃山時代から引き続き、刺繍や絞りなどを着てましたが、庶民はこの頃出始めた
友禅が爆発的な人気となり、瞬く間に浸透・定着しました。
尚、紬は生糸を繰り終えた残繭や生糸作りに適さない繭から作られるため、友禅よりも格下と位置
づけられてました。
そして更に町民文化は勢いを増して行きますが、倹約令が発せられ、豪華になってきた庶民の装いも
贅沢品は禁止されます。
そこで裕福な人々が編み出した必殺技が、友禅よりも格下である紬で文様を織り込み、お洒落を
楽しむという方法だったようです。
恐らく、今の「高価だけど普段着にしかならない紬」というのは、この辺で形作られたのではないでしょうか?



ちなみに・・・織りの着物でも御召に関しては扱いが違います。
徳川家斎(11代?将軍)が、縫い取りの縮緬を好んでお召しになっていた為、この種の先染縮緬を
「将軍家のお召物」の意でお召縮緬あるいは御召と呼び、今でも紬などとは別格とされています。

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