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日本の戦国時代、安土桃山時代について… 私は全くと言って良い程、源平に興味が無...

dwi********さん

2008/4/2600:37:55

日本の戦国時代、安土桃山時代について…
私は全くと言って良い程、源平に興味が無かったので気付かなかったのですが…
戦国時代にも『源氏』と『平家』が影響しているんですか?

知らないの丸出しの質問になるかもですけど…
同盟は『源氏』同士、『平家』同士だったりしたのでしょうか?

主立った大名の誰が『源氏』で誰が『平家』かをお手数でなければ教えて頂きたいです。
よろしくお願いします!

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

rik********さん

編集あり2008/4/2700:41:57

征夷大将軍に成れるのは源氏で、しかも清和天皇の子孫の清和源氏でないと成れません。
摂政、関白(天皇の補佐役)は藤原氏(道長の子孫)でないとなれません。
清和源氏:足利氏、今川氏、細川氏、吉良氏、斯波氏、一色氏、武田氏、土岐氏、斎藤氏、明智氏、佐竹氏、里見氏、徳川氏(将軍になるために家系図をねつ造したと言われている)
宇多源氏(宇多天皇の子孫の源氏):六角氏、京極氏
桓武平氏(桓武天皇の子孫の平氏):北条氏、千葉氏、相馬氏、原氏、長尾氏(上杉謙信の家)
藤原氏:織田氏(平氏という話もある)、伊達氏、浅井氏、上杉氏

朝廷や公式の場ではみんな先祖の姓を名乗ります。織田信長は藤原信長と名乗ってます。

同盟はお互いに利益になるように組まれていくモノですけど、主従関係(殿と家臣の関係、主従関係も同盟の一種)は先祖代々主従関係のことが多く、親戚だったりするので、源氏、平氏のグループみたいになっていることもあります。

源平交代説というのがあります。平氏(清盛の)→源氏(頼朝)→北条氏(執権の、平氏)→足利氏(源氏)→織田氏(平氏?)→徳川氏(源氏?) という流れの事です。(源氏と平氏が交互に天下を取ってきた。)
明智光秀の中では、織田の後は明智(源氏)のつもりだったのでしょう。豊臣は藤原氏に養子にしてもらって、藤原秀吉です。
系図を見てると面白いですよ^^。私は戦国時代から好きになって結局日本史全体が好きになりました。

質問した人からのコメント

2008/4/27 14:27:14

降参 ありがとうございました。
たいへん為になりました。
『センゴク』という漫画を読んで気になって…訊いてみてよかったです。
tozanfさんもありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

toz********さん

2008/4/2620:38:35

源氏と平氏の対立が戦国時代まで影響を与えていたとかといえば答えはNOですね。
戦国大名の出自はかなりいい加減なものだったようですよ。
織田信長も自称平家と名乗っていたようですが、かなり強引にでっちあげたもののようです。
農民出身の豊臣秀吉に関してはいわずもがなですね。

戦国時代に限らず大名は敵味方に一族を振り分けて家系の存続を図っております。

源平の合戦に先立つ保元の乱でも源氏、平氏ともに一族が敵味方に分かれて戦っておりますし、
源氏が天下を取った後、鎌倉幕府の実権を握った北条氏は平氏の一族であります。

戦国時代に下っては真田家が端的な例ですね。
関ヶ原の戦いに際して真田昌幸は息子の信之、幸村をそれぞれ東軍、西軍にふりわけて従軍させました。
結果、西軍についた幸村は豊臣家とともに滅びましたが、兄の信之の子孫は明治まで大名家として存続しました。

このように子孫をその時々の対立する陣営に振り分けて仕官させるのは、自分の家系を存続させるための保険として普通にみられた知恵だといえます。

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