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オウム真理教事件で麻原彰晃が逮捕される少し前に、青山のオウム本部前で村井秀夫...

hor********さん

2016/9/1709:06:22

オウム真理教事件で麻原彰晃が逮捕される少し前に、青山のオウム本部前で村井秀夫幹部がヤクザ(山口組系で在日朝鮮人だと言われる)に刺殺される事件がありましたね。

この事件の背景について諸説が錯綜し、事実は確定されないままになっています。謀略史観=陰謀論の方でもかまいませんが、この事件の真相、背後関係、組織暴力や外国との関係など、ご存知のことがありましたらご教示下さい。

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enm********さん

2016/9/1802:32:06

村井秀夫刺殺事件は在日朝鮮人、徐裕行(通名:田中裕行)によって引き起こされました。

まずはじめに、徐裕行について説明します。

・徐は1965年5月25日群馬県に3人姉弟の長男として生まれました。
出身地は文献によって桐生市説と高崎市出身説があります。

事件当時メディアは徐を韓国籍2世として紹介していますが、本人は在日韓国人3世を自称しており正確なことはよくわかっていません。
サピオの報道によると、徐は1968年に国籍を朝鮮籍から韓国籍へ変更したといいます。東京都足立区興野へ移住した徐は、親の希望から北朝鮮系の東京朝鮮第四初中級学校へ進学しました。そこで徐は高英雄(通名:高山英雄)という男と仲良くなります。

4年生に進級した徐は、足立区内の日本の小学校へ転校しました。
徐は都立足立区工業高校に入学しましたが、2ヶ月後に退学し、職を転々としました。一方で北朝鮮を支援する活動に参加し、「朝鮮総連足立区支部」の会員として「指紋押捺拒否運動」に参加しました。一説では「主体思想研究会」の支部長をつとめていたともいいます。

1986年、広告代理店に転職した徐は、営業成績が評価され関連会社「イベントダイヤル」に移り代表取締役へ出世しました。しかしバブル崩壊からすぐに倒産。

ここで徐は2300万円の借金を背負いました。
そして、94年11月初旬、徐は友人の高英雄とM・Tからの誘いで世田谷区上祖師谷3丁目の貸家に住み着きました。(M・Tの親は朝鮮総連の幹部だったといいます。)

この家の管理人女性の姉は、朝鮮工作員・辛光洙の愛人、朴春仙であることが判明してます。

高英雄は羽根組構成員で、金融会社を運営していました。
この頃から徐は暴力団「羽根組」と繋がりはじめ、金融業や宅配ヘルス業、韓国人ホステスとの偽装結婚の手続き、山口組本部の駐車当番を経験。阪神淡路大震災では本部の被害を心配し神戸へ向かったといいます。

この頃の徐は人付き合いがよくユーモアのある男だったと複数の友人が証言しています。しかし知人のカラオケ店関係者の前で徐は「法律スレスレでも、金儲けした人間の勝ちなんですかね」と意味深な発言を残してます。

95年4月21日、徐は実家へ立寄り、翌日22日に渋谷のラブホテルへ女性と宿泊。女性の職業については情報が錯乱しておりホテトル嬢ともホステスとも言われています。4月23日午後8時36分頃、徐は牛刀で村井の脇腹を狙い、刃を回転させながら刺殺。現行犯逮捕されました。

取り調べでは、徐は当初不真面目な態度をしながら「義憤にかられてやった。1人でやった。幹部なら誰でもよかった」と単独犯を主張します。
追及が厳しくなると徐は「若頭の指示でやった」と供述をかえます。

警察は羽根組若頭、上峯憲司と高英雄を逮捕しました。上峯は「組員の葬儀に出席していたために主犯の徐容疑者と会ったこともないし、打ち合わせをしたこともない」と容疑を否認。
裏付け捜査を進めた結果、組員の葬儀の参列者名簿に上峯の名前が記載されていなかったことや、参列者名簿を焼却したという仲間の組員の証言が虚偽であることを突き止めました。

しかし高英雄が共犯者である証拠は見当たらず、後日釈放されています。
95年7月25日、徐の初公判が開かれます。傍聴席は18席でしたが傍聴希望者は679人と多く約37倍の高い競争率となりました。この公判である事件が起きています。徐が法廷に姿を現すと「頑張れよ、皆で待ってるからな!」と傍聴席から男が大声をあげ、引きずり出される騒ぎがありました。男は高英雄でした。

同年9月26日、徐は法廷で以下の発言をしています。

「事件のキーマンとなる人の命を私の手で絶ってしまった。(その結果)捜査に弊害を与えたこと、村井さんが今後、自己弁護できなくなってしまったことは残念です」

「初めは無感情だったが、時間がたつにつて、とんでもないことをしてしまったと思うようになった」

「なぜオウム真理教なのか、むしろ疑問だった」

「できれば殺したくない。手加減をして、けがで終わればいいと思っていた」

「アタッシェケースのロックを外し、右手をケースに入れ包丁を握ったが、刃物で人を刺すという行為が怖かった」

「しくじって残念という気持ちと、やらなくて良かったという安ど感で複雑だった。体は震えていた」

そして最後に徐は「暴力団との付き合いは絶つ」と宣言しました。

ところが上峯の控訴審には徐は姿を見せず、証言を要請した捜査員に対し「一審で本当のことをすべて話し尽くし、責任は果たしたが誰も信じてくれなかった。若頭は娑婆にいる。下手にこれ以上証言すると家族が危ない。自分も出所後、裏切り者として逃げ隠れしなければならない」と漏らし、証言台に立つのを拒否。

上峯は無罪、徐は懲役12年の判決で終わりを迎えます。
上峯はその後、宮崎県へ移住し上峯組を結成。2000年11月14日に建設資材会社相手に脅迫事件を引き起こし逮捕されました。上峯は「オウムの件は知っているだろう」と被害者に脅してきたといいます。

2007年1月、徐は旭川刑務所を出所。フィリピン人女性と結婚し、自家用車とヨットクルーザーを購入。埼玉県草加市で充実した日々を過ごしています。(借金問題はどうなったかは不明)


次に背後関係について紹介します。


・オウム共犯説

事件発生当時、村井は地下入口から青山総本部へ入ろうとしていました。
しかし内側は施錠されており、正面入口から入ろうとした所を徐に襲われています。
内側の部屋ではジャーナリストの山路徹が・取材目的で待機しており、ドアノブが動くのを目撃しています。

犯行直前の昼、徐はコンビニへ立ち寄り、パンとジュースを購入しました。
この時、コンビニのアルバイト従業員から「徐が店内の奥へ移動し、眼鏡をかけた女性と会話をしていた」と証言があり、更にその女性と思われる信者を逮捕しています。しかし店内の防犯カメラが故障していたこと、徐と信者の証言が一致しなかったため証拠の裏付けに繋がりませんでした。

またTBSは刺殺の映像について「信者の一人が別の信者に飛びかかり、更に村井の逃げ場を遮る動作をしている」と報道。これに対して上祐は「よくわからない」と反論しています。

麻原は教団の出版物の中で「村井の魂を天へ送った」と語り、村井の死を利用するかのような態度を見せています。


・後藤組関与説

東日本大震災直後、徐は後藤組長が運営する組織「G−rise」の副代表をつとめて被災地に乗り込んでいます。

この後藤組は静岡県富士宮市に拠点を置き、オウムの本拠都賀ある上九一色村でも土地関連のトラブルを起こしていました。

「デイリースポーツ」95年5月12日号の報道によると、オウムが上九一色村に進出してきた際、地元住民が抗議に訪れると教団と一緒に後藤組が対応してきたと報じています。また捜査関係者の間で村井事件の背後に後藤組が関与しているといった指摘があり、小山金七刑事によると、刺殺された村井は土地取引などで暴力団と深く関わっていたと指摘しています。
ただし、元山口組幹部の桜井健治は「後藤組説は創価学会が流したデマであり、村井刺殺は宅見組と上峯の共犯だった」と主張してます。(創価と後藤の関係は割愛)


・新右翼関与説

新右翼活動家の鈴木邦男は村井事件直後から「犯人は単独犯で報道に洗脳されて事件を起こしてしまった。悪いのはマスコミだ」と根拠のない持論を展開し、小林よしのりから批判を受けていました。

2013年、鈴木は徐、上祐と3人で「終わらないオウム」を出版し、「村井事件は単独犯で背後関係のない事件だ」と再び根拠のない持論を展開しました。同じく活動家の蜷川正大も同じ持論を展開しました。
しかし、法廷で徐が「若頭の指示でやった」という証言を見過ごしてはいけません。

サンデー毎日(95年8月13日号)の報道によると以下の記事が記載されています。

…ある暴力団を破門され、現在は羽根組と親しいA氏という人物が、上峯被告から『もしおれが捕まったらB氏のところに連絡してくれ』と告げられていたというのです。この事実は捜査当局の資料にも記載されています」

捜査関係者が名を挙げたB氏とは、ある右翼団体の代表を務める人物である。学生時代から右翼活動に身を投じ、「思想家を持って任ずる民族派の大物(関係者)」といわれている。…

鈴木も学生時代から右翼活動に身を投じ、一水会の代表もつとめていました。
上峯憲司が過去に所属していた右翼団体「九州雷鳴社」の命名者は野村秋介でした。
鈴木邦男の師匠も野村秋介です。後藤忠政組長の友人も野村秋介です。
麻原の弁護人を担当しようとしていた遠藤誠も野村の友人でした。
そして徐裕行も出所後、野村秋介の影響を受けたとブログで語っています。


・北朝鮮謀略説

北朝鮮と暴力団は密接な関係にあるといわれています。その根拠としてこれまでに金正男密入国事件や工作船・覚せい剤密輸事件等があります。
徐裕行は右翼構成員を自称していましたが、実際は北朝鮮の政治団体に属していました。「現代コリア」によると高英雄も度々北朝鮮へ渡航していたといいます。
羽根組長の妻や別件逮捕された羽根構成員、柳日龍も在日でした。
オウム幹部の林泰男も北朝鮮系の在日であることが判明しています。

91年10月20日、オウム主催の集会「真の自由と平等を求める市民の集い」に拉致事件実行犯の八尾恵がパネリストとして出席していたという情報もあります。

ただし、麻原在日説や早川北朝鮮渡航説など信憑性に欠けた情報もあり真相はまだ闇に包まれたままです。新右翼活動家の鈴木邦男も度々訪朝を繰り返し、拉致事件に協力したとみられるよど号グループと親しい関係を構築しています。


村井秀夫刺殺事件は、本当に徐裕行一人が起こした事件なのでしょうか?
警察は徹底して捜査をしてほしかったと思います。

参考
http://ameblo.jp/hideomurai/entry-12140805133.html

村井秀夫刺殺事件は在日朝鮮人、徐裕行(通名:田中裕行)によって引き起こされました。...

質問した人からのコメント

2016/9/18 06:28:13

長文の回答、痛み入ります。事件の輪郭と背後関係の諸説について、よく分かりました。結局は徐と上峯を操ったものは誰なのかですね。残念ながらそれが不明のまま終わってしまいそうですね。豊田商事会長刺殺事件と同様に日本の闇の深さを感じます。
ありがとうございました。

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iro********さん

編集あり2016/9/1714:34:20

ー^_^〜
アーレフやオウム真理教は在日韓◯人の組織で韓◯人の組織ではよくある「内ゲバ」。

要するに在日韓◯人が「自分達は韓◯人だ」と名乗らない事が多いので「暴力団」や「民進党」や「日本赤軍」など徴兵制の軍人である在日韓◯人の組織だとは知らないで入る人も居るのです。

神戸山口組の射殺事件なんて神戸山口組の暴力団員を並べられるのは神戸山口組の暴力団員ダケです。
ー^_^〜

アバター

ID非公開さん

2016/9/1709:18:55

実行犯の徐裕行氏は12年の獄中生活を終え出所しています。

マスコミは様々な説を唱えましたが、立証や供述は得られていません。

当時の状況を徐裕行氏本人が語った事をまとめたサイトが、以下になります。

http://kunyon.com/shucho/110919.html

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