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尾崎一雄『虫のいろいろ』の主題って何なんですか? 読み込んでて結局何が言いた...

emi********さん

2016/9/2601:00:05

尾崎一雄『虫のいろいろ』の主題って何なんですか?
読み込んでて結局何が言いたいのかよくわからなくなってきてしまったんでどなたか主題が分かる方教えていただけませんか?

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kiy********さん

2016/9/2700:27:55

病中の「私」によって観察された蜘蛛(くも)や蠅(はえ)、蚤(のみ)や蜂(はち)などの小動物の習性や生命力と「私」の心境を重ね合わせ、生と死についての深い考察をユーモラスな筆致も交えて描いた作品。

と紅野敏郎氏は書いています。

全集では、第3巻の1番目に載っています。
3ぺージ~16ページまでの13ページ余りの作品です。
3ぺ~7ぺまでは、2匹の蜘蛛の話です。
8ペは、自分の病気、死との48年間の格闘。
9~10ぺは蚤の話。
10ペ~12ぺは長女と宇宙の話。
13ペは、小動物と自分の対比。
14~16ぺは、蝿を額の皺で捕まえる話。

やはり、小説の要は、13ペの小動物と自分の対比ですね。

「小動物の習性や生命力」への思いを、「人間の行為」に拡張した時、(人間の愚かさ、可愛いさ、狡さへと思いが至り、)「人間の宇宙席次」という発想が生まれます。小動物は自分たちを観察する人間を認識できない。
宇宙の外側から、人間を観察する者がいたとしたら、どう見えるのか?
人間はどの程度のものなのか、それは人間に分かるものなのか。

尾崎一雄は、死ぬほどの大病と二人三脚をしながら、天寿(84歳だったかな)を全うします。
この自分ではどうすることもできない病気という運命と組み合って、何とか生き続けます。
寝ながら、ああじゃないこうじゃないといろんなことを考えます。
病気で自由になれない境遇の自分を、閉じ込められたクモやノミに見立て、自分は、何者かによって自分の動きを制御されているのか、それは何者かなのか、自分なのか、答えのない思考の袋小路で行き止まると、話題を転換します。

最後の蝿の脚を挟む場面は、深刻な解決できない思考の袋小路から脱して、小説を終わらせる、落語の落ちのようなものですね。

ーわれわれの宇宙席次ともいうべきものは、いったいどこにあるのか。
で始まる部分を何度か読み直すと、主題に迫れるのではないでしょうか?

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