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江戸時代の日本は読み書きができる識字率は何パーセントぐらいだったのですか?

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ID非公開さん

2016/11/1218:30:09

江戸時代の日本は読み書きができる識字率は何パーセントぐらいだったのですか?

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mug********さん

2016/11/1220:05:16

中期に吉宗が学問の奨励をしたことにより江戸などの大都市での寺子屋への就学率は90%以上と言われ、吉宗は全国の寺子屋(16000ヶ所とも言われる)に室鳩巣が平易に訳した「六諭衍義大意」という道徳書を配布しています。

農村部では都市部ほどの就学率はないので全国平均ではおそらく30~40%くらいの識字率だったのではないかと思います。
しかし、米沢藩の上杉鷹山が農民の稲刈りを手伝ったことで、その老婆がお礼に城を訪ね、相手が殿様だったことに驚き、報奨金まで貰ったことを親戚に知らせる手紙(殆んど平仮名ではあるが)が現存しているので、地方によってはかなりの識字率があったと考えられます。

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gur********さん

2016/11/1509:02:41

ほかの方の補足として。

江戸時代の日本の識字率の高さ、就学率の高さ(もちろん義務教育なんてないですよ)は、世界的にみて異常です。飛びぬけてます。


1910年代のモスクワで就学率20%、イギリスのビクトリア時代(1833年頃、日本では幕末、天保9年頃)ですら20~25%といえば、日本の教育レベルがどれだけ高かったか、実感できるでしょう。


アメリカの識字率なんて、現代でも8割、2012年のある調査によればワシントンDCでは36%が識字能力がないとのこと。


ま、日本の文字体系、漢字とひらがな、カタカナという仕組みが非常に優れているということもあるんですけどね。だって読めない漢字もルビをふれば読めるし、偏とツクリで何となく意味がわかることも多い。

だけど英語のような表音文字(正確に表音ではないけど)は、つづりを知らないと読めないし意味もわからない。だから、つづりコンテスト(スペリングコンテスト)などが盛んなのです。

han********さん

2016/11/1310:00:40

江戸幕府や諸藩の政府が統計を取っていないんですから、
誰も正確な数字を言えません。
寺子屋は江戸や大坂などの大都市にはそこかしこにありましたが、
それなりの金持ちならいざしらず、
長屋住まいの子供がどんどん参加できるようなはずもなく、
また通っていたとしても必ず全員字を読み書きできるようになるはずもありません。
現在だって分数の足し算掛け算どころか九九すら正確に言えない大卒がいますよね。

ただ、侍ならば足軽小者に至るまで字を読み書きできたと思います。
そういう人たちを交渉する可能性のある町人もです。
また農民であっても、自分の土地を少しでも持っている人ならば、
必ず字の読み書きの訓練はしたと思います。
読めない書けないではいつ土地を取り上げられてしまってもわかりませんので。

小作農や下っ端職人たちは字の読み書きができなくてもそう困りません。
地主さんや親方の言いつけを唯々諾々と実行して日々を過ごすだけですので。

ということで、根拠はないのですが僕は半数、50%という印象を持っています。

red********さん

2016/11/1309:25:29

江戸時代の識字率については、一種の「識字率幻想」みたいなものが流布されているので、きちんとした論文や文献に当たるほうがよろしいかと思います。

そもそも「識字率とはなにか」という問題があるのですが、明治時代になると識字率調査が行われるようになり、統計データが出てきます。
江戸末期の識字率と大差ないものと思われるので、そちらが参照できると思います。

識字能力・識字率の歴史的推移――日本の経験
国立教育政策研究所 斉藤泰雄
http://home.hiroshima-u.ac.jp/cice/wp-content/uploads/2014/02/15-1-...

これによれば、自署率で示される読み書き能力は、地域間、男女間で大きな格差が確認される。京都に近く、通商、交通の要所 ( 近江商人の本拠 ) であった滋賀県の読み書き能力が最も高い。男子はほぼ 90%、女子でもほぼ半数が読み書きができるとされている。これにたいして、維新の志士を輩出した鹿児島県での数値の低さが目につく。女子の読み書き能力は 10%たらず。男子でも 50 ~ 60%。理由は定かではないが、西南の役 (1877 年 ) の混乱などが尾を引いていたのであろうか。両者の中間に位置する岡山県の男子 50 ~ 60%、女子 30%前後の自署能力がほぼ全国平均的な姿であったと言えようか。
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ということで、男子50~60%、女子30%程度だったと、こちらの論文では推定されています。
ちなみにここでいう識字率とは書いてあるとおり「自著率」です。
つまり自分の名前を書いて読めること。それもひらがな、カタカナ、漢字いずれであるのか記録が存在しないというものです。

書籍を読めるといった能力とは違います。そちらを基準にすると格段に下がることとなります。
これについて「近世社会と識字」という論文では、1881年に長野県で「男子を対象に」行われた調査から以下の記述をしています。
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調査結果は以下の通りであった.調査人員882人,うち1.数字及自名自村名ヲ読且記得ザル者」3/2人(35.4%)「較名自村名ヲ記得ル者」363人(41.2%)「較H常出納ノ帳簿ヲ記得ル者」128人(14.5%)「普通ノ書簡并二証書類ヲ自書シ得ル者」39人 (4.4%)「普通ノ公用文二差支ナキ者」17人(1.9%)1公布達ヲ読得ル者」8人〔0.9%)「公布達及新聞論説ヲ解読シ得ル者」15人(1.7%)
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つまり新聞を読めるという話になると、わずか1.7%にまで減少してしまうということです。自著率の「識字」と、文章が読める「識字」には天地ほどの差があるということですね。これも識字率というものの難しさを示しています。

ちなみに、寺子屋についての回答が多いですが、それを基準に識字率を高く推測したのはドーアです。一方でそれに対して
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ルビンジャーは、「これらの研究は、寺子屋への就学率をそのまま識字率に読み替えるなどして識字率を高く見積もりすぎている」と疑問を呈している ( ルビンジャー、2008、199 頁 )。
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という指摘もあるのでご注意を。

mss********さん

2016/11/1308:49:52

前の方が書かれた通り7割前後だと思います。レベルは明治最初の義務教育が、小学校4年まででしたのでおそらくそれくらいのレベルの方が多かったのだと思います。6年までになったのは日清戦争後。

ben********さん

2016/11/1220:27:28

案外と高いです。
9割の数字は、信じられると思います。
よく比べられるロンドンは、ずっと低いはずです。

むしろ、幕末や明治に入ってから、識字率は落ちたと思います。
女子教育は、裁縫などが中心でしたが、仮名交じりの字も教えました。

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