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出典《韓非子: 外儲說左上》の宋襄公之仁の以下の漢文の書き下し文と最後の韓非子...

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ID非公開さん

2016/11/2810:03:15

出典《韓非子: 外儲說左上》の宋襄公之仁の以下の漢文の書き下し文と最後の韓非子の言の現代語訳お願いします。

宋襄公 與楚人戰於涿谷上,宋人既成列矣,楚人未及濟,右 司馬購強 趨而諫曰

:「 楚人眾而宋人寡,請使楚人半涉未成列而擊之,必敗 。」 襄公曰:『寡人 聞 君子曰:不重傷,不擒二毛,不推人於險,不迫人於阨,不鼓不成列。今楚未濟而擊之,害義。請使楚人畢涉成陣而後鼓士進之 。」 右司馬曰 :「 君不愛宋民,腹心不完,特為義耳 。」 公曰 :「 不反列,且行法 。」 右司馬反列,楚人已成列撰陣矣,公乃鼓之,宋人大敗,公傷股,三日而死,此乃慕自親仁義之禍。夫必恃人主之自躬親而後民聽從,是則將令人主耕以為上,服戰鴈行也民乃肯耕戰,則人主不泰 。

宋襄公和楚國在涿谷打戰,宋軍已擺好陣勢,楚軍還在渡河,宋國右司馬購強對宋襄公說:「楚軍多,宋軍少,請趁楚軍還在渡河未排好陣勢 時進擊,一定可以打敗他們。」

宋襄公:「我聽說:君子不加害受傷的人,不擄白髮老者,不向未擺好陣勢的軍隊挑戰。如今楚軍還未渡完河,就出擊他們,這有傷道義,還是等楚軍渡完河,再擊鼓進攻吧。」

購強:「君王這麼做,簡直是不愛惜宋國百姓,自己的心腹不能保全,只顧及一 個道義而已」

宋襄公:「住口!你再不回隊伍去,我就按軍法處罰你。」

宋襄公:「楚軍已擺好陣勢,擊鼓進攻吧。」

結果宋軍大敗,襄公傷了大腿,三天後就死了。

韓非子:「宋襄公不評估自己的條件,而一味的企慕行仁義,不知道權宜變通,結果惹來了禍害。」

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2016/11/2820:02:15

<原文>
宋襄公與楚人戰於涿谷上。宋人既成列矣,楚人未及濟。右司馬購強趨而諫曰:「楚人眾而宋人寡。請使楚人半涉未成列而擊之,必敗。」襄公曰:「寡人聞君子曰:不重傷,不擒二毛,不推人於險,不迫人於阨,不鼓不成列。今楚未濟而擊之,害義。請使楚人畢涉成陣而後鼓士進之。」右司馬曰:「君不愛宋民,腹心不完,特為義耳。」公曰:「不反列,且行法。」右司馬反列。楚人已成列撰陣矣。公乃鼓之,宋人大敗,公傷股,三日而死。此乃慕自親仁義之禍。夫必恃人主之躬自親而後民聽從,是則將令人主耕以為食,服戰鴈行也民乃肯耕戰,則人主不泰危乎?而人臣不泰安乎?
<書き下し>
宋の襄公、楚人と涿谷の上(ほとり)に戰ふ。宋人既に列を成し,楚人未だ濟るに及ばず。右司馬の購強、趨りて諫めて曰はく「楚人眾(おお)くして宋人寡なし。請ふ、楚人をして半ば涉らしめ未だ列を成さざるをして之を擊たば,必ず敗らん。」と。襄公曰はく「寡人聞く、君子曰はく、傷を重ねず,二毛を擒にせず,人を險に推さず,人を阨に迫らず,列を成さざるに鼓せず、と。今、楚、未だ濟らざるをして之を擊たば,義を害す。請ふ、楚人をして畢々(ことご)とく涉りて陣を成さしめ、而る後、士を鼓して之を進めん。」と。右司馬曰はく「君、宋の民を愛せず,腹心を完(まっと)うせず,特(た)だ義を為すのみ。」と。公曰はく「列に反らざれば,且に法を行はんとす。」と。右司馬、列に反る。楚人已に列を成し陣を撰(ととの)ふ。公乃ち之に鼓し,宋人大いに敗れ,公、股を傷つけ,三日して死す。此れ乃ち仁義を自親(みずか)らするを慕ふの禍なり。夫れ必ず人主の躬自親(あずか)らし、而る後に民、聽從することを恃まば,是れ則ち將に人主をして耕して以て食を為し,服戰鴈行せしめて民乃ち肯へて耕戰せんとするなり。則ち人主、泰(はなは)だ危からずや?而して人臣、泰だ安からずや?

<現代語訳>以前訳したものです。
宋の襄公は、楚軍と涿谷付近で戦った。宋の軍は既に整列しおわったが、楚の軍は、まだ河を済りきっていなかった。右司馬の購強は(小走りに)走り寄って、君主を諫めてこう言った。「楚の兵は多く、宋の兵は少ないのです。どうか楚の人が河を渉る途中で、整列し終える前に、彼らを攻撃させて下さい、そうすれば必ず楚軍を打ち破れます。」襄公は答えた「私は、君子の言葉として、こう聞いている『傷ついたものを重ねて傷つけることはない。白髪混じりの二色の毛の年配者を捕虜にしない、危険なところに居る人を押しやることはしない、窮地にいる人を追いつめることはしない。整列していないのに鼓を打って攻撃してはいけない。今、楚軍がまだ済り終える前に、これを攻撃するのは、義に反する行為だ。どうか楚軍が渉り終えて陣を組んだ後に、鼓を打って兵士たちを進軍させてくれ。」
右司馬は答えた「我が君は宋の民衆を愛しておられない、腹心の部下も守ろうとされない。ただ義を行おうとだけなさっている。」公は答えた「列に戻らないなら、軍法を行うぞ。」右司馬は列に戻った。楚の兵が既に整列し終え陣を整えた。そこでやっと鼓を打って兵を進めた。宋の軍は大敗し、襄公は股を負傷し、三日後に亡くなった。これこそは、自分自身が仁義を行いたいという願いが招いた災禍である。そもそも必ず君主自らが行った、その後に民衆が聽いて從うのであれば,是れは君主自身が耕して食料を作り,戰さで並んで戦闘した後に、初めて民は、耕作や戦闘を行うことを受け入れることになる。これでは君主は甚だ危険ではないだろうか?人民臣下は安楽すぎるのではないか?

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1488024834

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