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週刊ポスト2016年11月25日号の記事からですがbaromarinさん的には「創価学会仏」は...

aki********さん

2016/12/823:42:55

週刊ポスト2016年11月25日号の記事からですがbaromarinさん的には「創価学会仏」はどういう理解をされていますか?
なんで急にこんなにいろいろと変わったんですか?

baromarinさん的にはどのように捉えていますか?





『公称827万世帯を信者に抱え、国政選挙にも大きな影響を与える宗教団体・創価学会に変化が起きている。
カリスマ的存在である池田大作名誉会長の教団内での位置付けが変わったのだ。
表舞台に姿を現わさなくなって久しい池田氏の敬称を変えた意味を読み解く──。

◆別格の「崇拝対象」

「1面の紙面を見て、“一体何が起きたのか”と驚きました」

古参の創価学会員は率直な感想を口にした。
11月5日、創価学会の機関紙「聖教新聞」は、トップ記事でこう報じた。

〈我らは仏意仏勅の教団 大法弘通の『創価学会仏』〉
〈「三代会長」の敬称を「先生」と明記〉

これらは、前日に開かれた第72回総務会で議決された「創価学会会則」の改訂内容である。

11月18日を創立記念日とする創価学会では、例年この時期に大きな発表がなされることが多い。
昨年は創価学会員が日々の生活の中で読むお経の内容や読み方などについて定めた「勤行要典」に新たな内容が加えられた。
牧口常三郎初代会長、戸田城聖第二代会長、池田大作第三代会長を「永遠の師匠」と位置付け、創価学会員たちが毎日お経を読む際に讃えるよう指示したのだ。

この意味を、宗教学者の島田裕巳氏が解説する。(以下、「」内は島田氏)

「3人の歴代会長が『永遠の師匠』であることを毎日確認しなさいという昨年の改訂は、創価学会が池田氏らを仏教の開祖である釈迦と同じような“崇拝対象”と位置付けたことを意味します。創価学会は日蓮正宗の信徒組織として発足した教団。日蓮の教えの『解釈』を学会員に示す役割だった池田氏が崇拝される側に回る意味は大きく、『池田教』の色が濃くなったことを意味します」

今年の会則改訂は、2つの点からそれ以上の重みを持つという。
1つ目は、創価学会を「仏の存在」と定めたことだ。

「そもそも仏とは、釈迦のように真理を悟った者のことです。『創価学会仏』という概念は宗教団体自体が仏になるということだと思われますが、人間でないものが悟りを得て仏になるということは、一般的な仏教の解釈では聞いたことがありません。

聖教新聞によれば、『創価学会仏』という単語は第二代会長の戸田城聖氏が用いたと説明していますが、これまで創価学会内で重要な用語として扱われた形跡もないため、理解が難しい」

2つ目のポイントが、池田氏の敬称を「会長」から「先生」に変更した点だ。

「昨年の変更で池田氏は『永遠の師匠』となりましたが、今回の改訂でその位置付けがさらに高まった印象です。今回の改訂は創価学会がこれまで進めてきた『ポスト池田体制』確立に向けた動きが加速していることを示している」

◆「万人平等の教え」が崩れる?

島田氏が続ける。

「創価学会は、日蓮正宗を1991年に破門処分となりました。しかし、その後も日蓮正宗総本山大石寺にある本尊(通称・板曼荼羅)を崇拝する会員がいたため、創価学会は一昨年の11月に会則を変更して日蓮正宗の本尊を崇拝対象にしないことを決定。独立した宗教団体であることを明確にしました。今回の改訂にも日蓮正宗からの脱却を進めて、『独自色』を打ち出す狙いが読みとれる」

改訂を報じた聖教新聞に、〈宗教的独自性 一段と明らかに〉という大見出しが付いていたことも、その指摘を裏付ける。

その一方で、これは創価学会の「原則」を打ち破るものだとも島田氏は指摘する。

創価学会の教えの原則は「万人平等」だ。
創価学会の公式ホームページに掲載される「教学入門」にはこうある。

〈万人を「仏子(仏の子)として尊重していく生命尊厳、万人平等こそが、仏法の精神です。この精神があれば、他人を踏みにじる一切の暴力は生まれないでしょう。このように、万人尊重の原理から、対話をもって社会の変革を実現していこうとするのが日蓮大聖人の仏法です〉

島田氏が解説する。

「先ほども言ったように、創価学会は元は日蓮正宗の信徒組織として発足した教団です。池田氏にしても、やってきたことは日蓮正宗のお経や日蓮の言葉などの“解釈”を創価学会員たちに示すことであり、実は教義の中に“池田大作氏の教え”といったものは存在しないんです。
ですが、前述の通り、創価学会は池田氏を“崇拝の対象”とする方針を強めています。そのため『仏法を学ぶ者は皆平等だ』と教えられてきた学会員の中には、一連の決定に、『本来の教えから外れているのではないか』と疑問を抱く人がいるようなのです」』

これはどういうことなのでしょうか?
baromarinさん的にはどういう風に考えていますか?

baromarin,日蓮正宗,創価学会,聖教新聞,池田大作,島田,池田

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bar********さん

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2016/12/1012:41:16

長文になりますが、きちんと読んでくださいね。(笑)


>なんで急にこんなにいろいろと変わったんですか?

アキフジ君は部外者だよね。
何をもって「急に変わった」と認識したの?
急なことではありません。
私も、かなり前から「創価学会仏」という戸田先生のお考えを人間革命で知りました。
後段に人間革命第12巻をお示ししますが、それより前の、一桁の巻にもあったと記憶しています。


>この意味を、宗教学者の島田裕巳氏が解説する。(以下、「」内は島田氏)
↓部外者の島田氏のご見解?
「日蓮の教えの『解釈』を学会員に示す役割だった池田氏が崇拝される側に回る意味は大きく、『池田教』の色が濃くなったことを意味します」「昨年の改訂は、創価学会が池田氏らを仏教の開祖である釈迦と同じような“崇拝対象”と位置付けたことを意味します」

とのことですが、
勤行経典のご祈念文では、最初に「末法のご本仏」である日蓮大聖人と第二祖日興上人への報恩感謝を申し上げております。
続けて、「永遠の師匠」と位置付けられた三代の会長全員を先生と呼んでいますが、信仰対象ではありませんし、池田氏だけを特別視していません。
島田氏のうがった見方にすぎず、彼のご指摘は当たりません。
”師匠”を”先生”と呼ぶのって、どこがおかしいですか?


>1つ目は、創価学会を「仏の存在」と定めたことだ。
そもそも仏とは、釈迦のように真理を悟った者のことです。『創価学会仏』という概念は宗教団体自体が仏になるということだと思われますが、人間でないものが悟りを得て仏になるということは、一般的な仏教の解釈では聞いたことがありません。

島田氏は、いったい、どこを読んでいるのでしょうか?
もちろん、11月5日の原田会長の指導を全文、読んだのですよね。
仏教のなんたるかを知らない、シロウトの発言ですか?
原田会長は
「私たちは『創価学会仏』の一員であることを最高の誇りとし、どこまでも永遠の師匠である三代会長、なかんずく池田先生直結で世界広布にまい進しゆく誓願を新たにし、大前進していきたい」
と述べています。
創価学会仏というのは、創価学会そのものであり、創価学会員全員のことです。


>聖教新聞によれば、『創価学会仏』という単語は第二代会長の戸田城聖氏が用いたと説明していますが、これまで創価学会内で重要な用語として扱われた形跡もないため、理解が難しい」

島田氏は、人間革命を読んだのですか?
人間革命さえ読んでいない輩が、金をもらいながら創価学会を語る資格はありません。
これを「知ったかぶり」といいます。(笑)

以下をご覧ください。今から23年前です。

彼の脳裏に、あの獄中で身で拝した、「御義口伝」 の 「霊山一会儼然未散」 の御文が浮かんだ。
―― そうだ、霊山の一会は儼然として未だ散らぬがゆえに、この世に私たちは集い来たのだ。私は、あの法華経の会座に、たしかにいたことを身をもって知った。私だけでなく、皆、あの座にいた久遠の兄弟、姉妹であり、同志なのだ。生死を超えて、あの久遠の儀式は永遠につづいているのだ ……。それゆえに、大聖人の御生まれになった日本という地球の一角に、創価学会が生まれ、七十五万世帯を成し遂げることができたのだ。そこに、私の生涯の使命があったことは間違いあるまい。
私は、学会を組織化し、広宣流布を敢行した。そこに、大きな広がりが生まれ、「地涌の義」 を現実のうえにあらわす、ひとつの方程式を示すことができたといえる。広布の方程式を確実なものとすることができたからには、あとは臨機応変な応用、展開の時代に入っていこう。そして、この広布の潮は、日本から世界へと広がり、五大陸の岸辺を洗う日も、そう遠くはないはずである。
日蓮大聖人は、御本尊を御図顕あそばされ、末法の衆生のために、御本仏の大生命をとどめ置かれた。まさに 「我常在此。娑婆世界。説法教化」(寿量品) の経文のごとく、仏が常に此の娑婆世界にあって説法教化されている御姿である。創価学会は、その大法を末法の民衆に教え、流布するために、御本仏の御使いとして出現した。そして、大聖人の御精神のままに、苦悩にあえぐ人びとを救い、菩薩道を行じてきた唯一の団体である。それは未来永遠につづくであろう。すると、学会の存在もまた、「我常在此。娑婆世界。説法教化」(寿量品) の姿ではないか。してみると、学会の存在は、それ自体、創価学会仏ともいうべきものであり、諸仏の集まりといえよう ――。
戸田の胸に、熱い感動が込み上げ、あふれでる感涙が枕を濡らした。(1993年4月2日初版 人間革命第12巻・p223-224)

また、日淳上人は、戸田先生の偉業を称えて以下のとおり言われ、創価学会を「仏の一大集まり」言われています。

「この七十五万は南無妙法蓮華経の五字七字であると、私は常に察しておったのでございます ……。
御承知の通り、法華経の霊鷲山において、上行を上首として四大士があとに続き、そのあとに六万恒河沙の大士の方々が霊鷲山に集まって、必ず末法に妙法蓮華経を弘通いたしますという誓いをされたのでございます。…… その方々を会長先生が末法に先達になって呼び出されたのが創価学会であろうと思います。即ち、妙法蓮華経の五字七字を七十五万として地上へ呼び出したのが会長先生だと思います。
…… 皆様方が相応じて心を一つにし、明日への誓いを新たにされましたことは、全く霊山一会儼然未散と申すべきであると、思うのであります。これを言葉を変えますれば真の霊山浄土、仏の一大集まりであると、私は深く敬意を表する次第であります」(同 人間革命第12巻p396-397)


>2つ目のポイントが、池田氏の敬称を「会長」から「先生」に変更した点だ。

前述のとおりであり、取るに足らない見解です。


>創価学会は池田氏を“崇拝の対象”とする方針を強めています。そのため『仏法を学ぶ者は皆平等だ』と教えられてきた学会員の中には、一連の決定に、『本来の教えから外れているのではないか』と疑問を抱く人がいるようなのです

先の日淳上人のお言葉にあるように、仏の集団にもリーダーが存在するのです。三代の優秀なリーダーがいたからこそ、創価学会は発展したと思います。
このリーダーの”眷属”たる会員が、そのリーダーを先生と呼ぶことが「不平等」と言われるとしたら、島田氏にとって、あらゆる組織・団体、国家さえにも、不平等が存在すると言われるのでしょうか?


かなり前から「創価学会仏」について、池田先生は言及されています。
今回、会則に盛り込むことで、より明確化したのです。

原田会長の指導(2016.11.5)
〇思えば2013年には、三代会長の魂をとどめる根源の地の信濃町に、池田先生の発願・命名により、世界広布の中心道場である「広宣流布大誓堂」が建立されました。ここには、戸田先生が発願され、戸田先生と池田先生が世界広布を祈念してこられた「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の創価学会常住の御本尊が安置され、同年11月5日、 池田先生は落慶入仏式を執り行い、末法万年にわたる世界広宣流布の大願を祈念してくださいました。以来、大誓堂には国内はもとより全世界から会員が喜々として集い、師弟誓願の祈りをささげ、そして決意新たに世界広布の最前線へと飛び立っていく。世界宗教の中心道場としての姿が厳然とここにあります。
〇また翌14年には、池田先生のご指導を頂きながら、大聖人の本来の教義に即したものとして、会則の教義条項を改正しました。そして、世界宗教として飛翔する万全の体制を整えさせていただきました。
〇続いて15年には会則前文を全面的に改正し、世界に広がる創価学会の規範として、大聖人直結の「三代会長」の事跡を通し、「師弟不二」の精神と「死身弘法」の実践こそが学会精神であること。それを貫かれた「三代会長」を「広宣流布の永遠の師匠」と仰ぐことが、創価学会の不変の規範であると鮮明にいたしました。
〇そして16年の本年に、「創価学会仏」というご指導を加え、より一段と創価学会の宗教的独自性を明確にしたのであります。

  • 質問者

    aki********さん

    2016/12/1016:59:54

    Wikipediaによると、島田裕巳氏はこういう略歴のようですね。
    確かに島田氏自身は創価学会員ではないようですが、各宗教について、宗教学という学問的視点からアプローチしている様ですね。
    その中で創価学会についても、学問的興味関心から、各種文献を読み込んだりしているのでしょう。
    その割には、オウム真理教事件でやらかしましたが…。


    『東京都出身。東京都立西高等学校を経て、1976年(昭和51年)東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業。同大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1984年(昭和59年)、同博士課程満期退学(宗教学専攻)。』

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質問した人からのコメント

2016/12/15 09:41:36

回答ありがとうございます!

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kil********さん

2016/12/1115:37:25

そもそも、創価学会1961年会長講演集第3巻P290で、原子爆弾が日本の酬いだ?などと反佛教のチッポケな朝鮮腐れ外道日蓮やらのチッポケな邪儀で決め付けて、

原子爆弾が投下された当時の反佛教の腐れ外道日蓮にかかわったクズどもを含めた広島、長崎で亡くなられた非戦闘員の市民の方々、御高齢の御遺族、原子爆弾の後遺症で苦しむ御高齢の被曝者の方々、このような方々に寄り添って責任を持って介護を続ける21世紀の日本国民に対して、

一切の謝罪も、真摯な懺悔の一言すら吠ざけもしないで、言葉と共に?人の中へ?などと何のリスク、責任も伴わない上辺だけの美辞麗句を死ぬまで連呼して、脳内酸素を低下させて覚醒して、善悪の判断もできもしないで、

21世紀のアジア、全世界の平和を台無しにする何の大儀も無い朝鮮戦争を続ける極めて愚かな唯の一方の当事者で、

現職のパクネ?大統領?やらを含む歴代の大統領の殆どが金権汚職、金権腐敗で検挙されたり、自殺する唯の間抜けな人間もどき、唯の間抜けな狂人に過ぎない韓国のクズどもを、

兄だ?韓日だ?などと自分勝手に死ぬまで連呼して覚醒して善悪の判断もできない池田大作本人、創価学会員ども、山口那津男、公明党議員ども、反佛教の朝鮮腐れ外道日蓮にかかわる目糞鼻糞どもを、

21世紀の日本、全世界から一人残らず駆除、駆逐、殲滅させるはモラル、ルール、ガバナンス、コンプライアンス、理性、道理をわきまえた日本国民の当然の義務、権利、責任、愛です。

そもそも、創価学会1961年会長講演集第3巻P290で、原子爆弾が日本の酬いだ?などと反佛教のチッポケな朝鮮腐れ外...

sgi********さん

2016/12/1106:22:39

(聖人御難事)P1190

日蓮末法に出でずば仏は大妄語の人多宝十方の諸仏は大虚妄の証明なり、仏滅後二千二百三十余年が間一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人但日蓮一人なり、過去現在の末法の法華経の行者を軽賎する王臣万民始めは事なきやうにて終にほろびざるは候はず、日蓮又かくのごとし、始めはしるしなきやうなれども今二十七年が間、法華経守護の梵釈日月四天等さのみ守護せずば仏前の御誓むなしくて無間大城に堕つべしとおそろしく想う間今は各各はげむらむ、大田の親昌長崎次郎兵衛の尉時綱大進房が落馬等は法華経の罰のあらわるるか、罰は総罰別罰顕罰冥罰四候、日本国の大疫病と大けかちとどしう(同士討)ちと他国よりせめらるるは総ばちなり、やくびやうは冥罰なり、大田等は現罰なり別ばちなり、各各師子王の心を取り出していかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず師子の子又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり、故最明寺殿の日蓮をゆるししと此の殿の許ししは禍なかりけるを人のざんげんと知りて許ししなり、今はいかに人申すとも聞きほどかずしては人のざんげんは用い給うべからず、設い大鬼神のつける人なりとも日蓮をば梵釈日月四天等天照太神八幡の守護し給うゆへにばつしがたかるべしと存じ給うべし、月月日日につより給へすこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし。
我等凡夫のつたなさは経論に有る事と遠き事はおそるる心なし、一定として平等も城等もいかりて此の一門をさんざんとなす事も出来せば眼をひさいで観念せよ、当時の人人のつくしへかさされんずらむ、又ゆく人又かしこに向える人人を我が身にひきあてよ、当時までは此の一門に此のなげきなし、彼等はげんはかくのごとし殺されば又地獄へゆくべし、我等現には此の大難に値うとも後生は仏になりなん、設えば灸治のごとし当時はいたけれども後の薬なればいたくていたからず。
彼のあつわらの愚癡の者どもいゐはげましてをどす事なかれ、彼等にはただ一えんにおもい切れよからんは不思議わるからんは一定とをもへ、



この中の下から4行目からですが

>我等現には此の大難に値うとも後生は仏になりなん、設えば灸治のごとし当時はいたけれども後の薬なればいたくていたからず。
彼のあつわらの愚癡の者どもいゐはげましてをどす事なかれ、彼等にはただ一えんにおもい切れよからんは不思議わるからんは一定とをもへ、



大難に値うとも後生は仏になりなん、

これは創価学会全体で受けた難、役職に関係なく学会員全員の受けた難ということで、それを総称して創価学会と表現し、その学会員は仏になると御書にある通りだという意味です。

経文にも難に逢って仏の名に連ねることが記されてたと思います。
ちと出所はあまりよく覚えていません。

ですから次に経文があらわされるならその次には創価学会の仏というのも経文に書き加えられることになるだろう、というような意味になります。

tai********さん

2016/12/912:07:12

http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=6383
仏法を学ぶ者は皆平等だ、

実際は質問さえ許されない、自浄作用は期待できない
のでしょうかね。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

muf********さん

2016/12/823:46:50

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