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わらべ歌について。 「かごめかごめ」や「とおりゃんせ」など、昔の日本のわらべ...

lov********さん

2008/6/205:42:52

わらべ歌について。
「かごめかごめ」や「とおりゃんせ」など、昔の日本のわらべ歌には、不思議な歌詞でせつないメロディーのものが多いように思います。 それに、「かごめかごめ」や「とおりゃんせ」には、怖い伝説がありますよね。
私はわらべ歌に興味があり、特に「かごめかごめ」と「とおりゃんせ」が好きなので、ご質問させていただきました。
わらべ歌の歌詞やメロディーには、何か深い意味があるように思えて、とても気になっています。
わらべ歌や日本の伝説・伝承に詳しい方、わらべ歌について教えてくださいm(__)m
よろしくお願いいたしますm(__)m

※どのカテゴリーにしようか悩みましたが、わらべ歌は昔の日本で誕生したイメージがあったため、こちらにさせていただきました。

補足ご回答頂いた皆様、本当に有難うございますm(__)m
わらべ歌について皆様に詳しく教えていただいて、とても参考になりました^^
こんなに多くの方からご回答を頂けると思っていなくて、びっくりしました。とても嬉しかったです!!
ベストアンサーをずっと悩んでいたのですが、どれも参考になり、私には決めれません><;
今回は、投票でお願いしますm(__)m
ご回答頂いた皆様、本当に有難うございました!!

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ベストアンサーに選ばれた回答

hag********さん

編集あり2008/6/207:01:12

おはようございますo(^-^)o

どちらも確か口減らしに関係していたと思います(;_;)
食料が少なく、労働力となる長男は大事に、次男や女の子は食料が足りなくなると口減らしの為に山に連れていかれたり、殺されてしまったりしたそうです。

『行はよいよい帰りは怖い』
は、帰りは皆と一緒じゃ無い
を暗示。

『後ろの正面だあ~れ』
は、自分を殺したのは後ろにいるお前だ~
を暗示。

どこかのサイトで詳しく載っているのを見た記憶があるので、探してリンク貼っておきますね。


追記

かごめかごめ
がウィキに有ったので貼っておきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%94%E3%82%81%E3%81%8B%E...

通りゃんせ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E3%82%8A%E3%82%83%E3%82%93%E...


自分でも読んでみましたが、記憶とはちょっと(かなり?)違ってましたf^_^;

私のは都市伝説に近いのかも知れません。(#^.^#)

それにしてもサイトを見ていても解釈や歌詞もいくつか有ってどれが本当か難しいですね。
改めて思いました。

有る意味、その土地々や時代に合わせた解釈が充てられたと考えると、全部本当と言えるのかもしれません。

何処の出自で元は何か?って答えが無くても、浪漫を感じますね(^_-)-☆

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ベストアンサー以外の回答

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wat********さん

2008/6/519:01:51

わらべ歌の一部は都市伝説でもされている「呪われた歌」と一時期恐れられていた歌が「かごめかごめ」です。

かごめかごめ本当の歌詞

かごめかごめ かごの中の鳥は
いついつ出会う 夜明けの晩に
つるとかめがすべった
後ろの正面だーれ?

一番不思議とされているのが一番最後の歌詞「後ろの正面だーれ?」です。

この言葉には数えきれないほどのパターンがあります。

1つ目は後ろの正面だーれ?と言うと気づいたら知らない所に立っていた。と言い伝えがあるのが一般的です。(平成噂の怪談参考)

こう考えることも出来ます。後ろの正面だーれ?って言葉がなにか悪霊や妖怪などを呼び出すアイズのようなものと考えることも出来ます。この歌が作られたのは日本で、およそ大正時代いやもっとむかしでしょうか。ずいぶん昔です。作曲した人はこれから何を伝えようとしているのかが「後ろの正面だーれ?」に深くかかわっています。遊びでは鬼と回っている人がかごめかごめの歌を歌って「後ろの正面だーれ?」って言った時に回るのを止めて、鬼の真後ろにいる人をあてる遊びです。昔の代表的な遊びでしたが、今では一部の町では呪い歌、悪をまねく歌などで恐れられています。何を伝えようとしているのか?今でも謎です。

僕はかごめかごめしか分かりませんがとうりゃんせについてはこちら
http://moonprincess.milkcafe.to/menu/poem/menu02/10/omake.html

わらべ歌は他にもいろいろな説があります。

yuk********さん

編集あり2008/6/809:47:08

明智光秀=南光坊天海和尚が伊賀親戚の松尾芭蕉=服部半蔵に歌を全国正確意図的に伝承させた
[籠目]六ボウ星=桔梗=土岐明智[籠の中のトリ]高位者が乗る籠=興しの中の神(昔から鳥=酉に神は宿ると伝,御神輿の上に酉があるのはその意。鳥居同)は[いつ世に出る][夜明けの晩に]全く反対の意=農民がクーデター天下をとった=本能寺の変(午前4時)に[鶴と亀]日光東照宮の鍵をくわえた鶴と亀=徳川と明智(亀=六ボウ星)の結婚で鍵を握っているのはいつの世も女性=側室春日局の意[スベッタ]天下を統一=家光誕生の意=籠の神[後ろの正面誰]正面=本願寺・後ろ=豊国廟6783

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ya1********さん

2008/6/212:36:42

あれこれここで言うより、岩波文庫『わらべうた-日本の伝承童謡-』を購入されることをお勧めします。特に巻末の解説は、あなたの求めていることを詳述しています。

k1_********さん

編集あり2008/6/215:39:18

かごめかごめには、いろんな説がありますね。水子霊に由来する説・「かごめ・かごめ・かごの中の(母親の胎児の中)・・いついつ出会う(何時生まれるのだろうか?)夜明けの番に鶴と亀がすっべった(鶴と亀・本来おめでたいもの達が滑った=胎児・流産)後ろの正面だあ~れ(後ろにその子の霊がいる)」。 以前から言われてるのが、天海上人が作ったわらべ歌説。「籠の中の鳥は」鶏・鶏は時を告げる(土岐を告げる)「鶴と亀が滑った」統べった・統一。噂にある天海は明智光秀自身若しくは光秀の血を引く者だった。「夜明けの晩に」本能寺急襲した時刻、「後ろの正面だあ~れ」日光東照宮・徳川の葵の紋章の屋根の裏には桔梗の紋章(明智家・紋章)が、陽明門には桔梗紋の鎧の身に着けた武士の像がある。東照宮近くには明智平の地名があり・天海その地を訪れた折、懐かしい気がすると述べたらしい。春日局、天海に対面したときに「御懐かししゅうございます」と言ったとか、その春日局(徳川家光・春日局の実子説)我が子に、家康の(家)明智光秀の(光)を与えて「家光」とした。春日局(明智家の血筋)、こうして土岐家(明智1族)の野望達成を密かに祝う歌をわらべ歌に託した。単に後世の作家(ひと)が創作したものかどうか、その信憑性は定かでない。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

ang********さん

2008/6/210:39:18

反日サヨクの、永六輔は、『童謡』に牽強付会の物語を付け加えるという偽造・捏造をしている。

デマを唱えまくっているなあ。

日本を呪詛して、悪事を捏造しているからなあ。

あの永六輔あたりが、こじつけの童謡解釈をしていたからだ。

「童謡『七つの子』は強制連行された朝鮮人の歌という『永六輔』」
永六輔の主張する内容は以下のようになっている。
1.童謡『赤い靴』の赤はソ連の事であり、社会主義が消えてしまったと歌っている。
2.童謡『あの町この町』は 戦争の方向に向かう日本に引き返すことを勧めている。
3.童謡『七つの子』は、強制連行されて炭鉱で働く朝鮮人への同情心をうたったものである。

永六輔氏が2003年2月のNHK「人間講座」において語った、野口雨情の「七つの子」についての解説。

『この歌の詞は、朝鮮の人々を内地に強制連行して炭坑で働かせたが、炭塵にまみれて真っ黒だったので、カラスと呼ばれていた。この人たちの「早く故郷へ帰りたい」という思いを童謡という形にして書いたものだ。この話は雨情の弟子筋から聞いた』と言うもの。

これに対して大阪大学名誉教授加地伸行氏の反論。
『七つの子は中国古典「詩経」の中の詩を踏んだ歌詞であり、元の意味は、母鳥がみんな平等にエサを与えているから、みなすくすくと育っている。それと同じように立派な人は誰に対するときでも態度が変わらない。そのように一定なので、心がぐらぐらしないで、結んだようにしっかりとしている』という事。そして、『漢籍に通じている明治時代の詩人と永六輔とでは、格も力量も大差がある』と。

さらにこの「七つの子」が大正十年の作であり、朝鮮半島からの戦時徴用が行われた昭和19年とはかけはなれているため、このような事実がありえないことと、弟子筋の話として何の検証もなくウソ話を垂れ流してしまう文化人としての自覚の無さを批判している。




1.「・・・永氏は、”童謡という形で書かないと、当時の治安維持法によって警察や憲兵に捕らえられて・・・彼の取り上げた雨情の3つの作品は、いずれも大正10年前後のもの。治安維持法の成立は大正14年ですから、・・・」という内容。永氏がこう語ったことを 明らかに記憶違いである。

2.「・・・赤い靴の少女には岩崎きみさんというモデルがいました。・・・この歌が発表される前年の大正9年には初のメーデーがあり、11年に日本共産党が結成されている。共産党が壊滅するのは、ずっと後の昭和10年だ。・・・」という点。


追記、反日だな。

大阪生野区に住む在日韓国人ミュージシャンで河合塾英語講師のチョウ・ハギが昨年6月に発売した「国旗国歌法制定忌捻」と銘打
ったCD「ガーリックちんどん」は反日、侮日、不敬の限りを尽くしている。

「君が代」をコケにした漫談で、河内音頭や都々逸、浪曲、詩吟、そして

「アレは元々ロシアの国歌だった。レーニンも歌っていた」

などとロシア民謡で歌ったかと思えば、果ては

「君が代は日本人には歌いにくい。それを国歌と決めたのだから 子々孫々に亘って苦行になるわけ。これを中国語で歌うと歌いやすい」

と中国語で歌う。

更に君が代の愚弄はフィリピン・英語バージョンと続く。

またCDに収められた「ヘライデ」では

「天皇陛下が散歩をしていてオナラをしたら、びっくらこいた 皇后様が『陛下(ヘイカ)』・・・」


と不敬な歌詞が延々と続く。

こうした人物を、筑紫哲也の「NEWS23」は取り上げ、
永六輔は自らのラジオ番組で喧伝している。
www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H13/1312/131233zainichi.html

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