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日本史について

top********さん

2017/1/3023:28:58

日本史について

日本の軍事体制についてですが…

鎮台制と師団制の違いを簡単に教えてください。

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brz********さん

2017/1/3106:26:54

思いっきり単純に言うと、鎮台ってのはその地に固定して活動することが前提の軍隊で、有事になったら「特例」として別の場所に出かけて行って戦闘を行うというシステムです。


でも、軍隊というのはただ戦闘だけやってりゃいいという脳ミソが筋肉でできているような存在ではありません。

武器や砲弾といったクソ重たい物資をいかに早くかつ大量に運ぶかというスキルも必要ですし、行く手を阻む川に急ごしらえの橋を架けたり場合によっては急ごしらえの船をその場で作ったりするスキルも必要です。

また、小銃などは兵士一人一人でも簡単に操作できるように作られていますが、大掛かりな野戦砲などはとてもデカい上に重たいので、取り扱うのには知識や技術が必要ですし、砲弾の取り扱いや集積にも注意をしていないと味方の陣地内で爆発事故とか起こりかねません。なのでそれを専門に扱う部隊も必要です

また、戦闘で兵士がケガをしたときには適切な治療を適時に施さなければ、その兵士は戦線から離脱してしまうので使える戦力がどんどん減っていってしまいます。鎮台に固定しているときには、その辺に住んでる医者を雇っていればよいですが、そういう医者は戦闘が行われている場所になんかは行こうとしません。なので普段から「医者を軍人として雇用する」または「軍人として雇用した者を医者として教育する」なんて作業を行って「医療部隊」として軍の命令でどこにでも連れてゆけるようにする必要もあります。


これらの作業を行う輜重兵・工兵・砲兵・衛生兵といった兵士は、軍隊が敵国において動くときには絶対に必要となる役割を受け持っています。現地の言葉の通じない大工や医者なんかには頼りようがないからです。

また、当時の日本は国内ですら青森と鹿児島では日常的に使う言葉が異なっており、下手をすると言葉が通じません。青森から戦闘部隊だけ九州に持って行って、工兵や砲兵は九州の部隊と合流して共同作業をやらせようとしても言葉が通じなくては話になりません。

なので、青森の歩兵部隊には青森の工兵や医者が必要になり、名古屋の部隊には名古屋の砲兵や輸送部隊が必要だという具合になる訳で、そういう総合的に必要な部隊を普段から取りまとめた部隊編成を持つのが「師団」という組織なわけです。

質問した人からのコメント

2017/1/31 19:38:33

詳しい説明ありがとうございました!!
テスト勉強に役立てたいと思います。

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lai********さん

2017/1/3023:35:27

簡単に云うと「鎮台」は国内の反乱防止のため、「師団」は外国に遠征するためのものです。明治10年の西南戦争までは国内の治安維持のために鎮台が置かれましたが、西南戦争以後は国内が安定したため、外征用の師団に変わっていったのです。

tan********さん

2017/1/3023:33:48

内乱と国防目線
ちんだいせい

外征目線
師団制

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