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キングダムの合従軍を李牧と春申君が起こした理由が「山陽から東郡に変えると宣言...

jin********さん

2017/3/416:57:50

キングダムの合従軍を李牧と春申君が起こした理由が「山陽から東郡に変えると宣言したことが中華の詰みの一手に等しかった」と言っていましたが、なぜですか?

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oas********さん

2017/3/507:40:59

秦は山陽を攻略した後、政策として住民などを移住させ、名前を山陽から東群と改めて、これからは絶対にここは取られない、東群を中心にこれから中華全土に討って出るんだって宣言をした(23巻)

以下25巻
オルドなどの他国にとっては、山陽は魏の領土に過ぎず、他国のことだからと傍観していた(小さな主観の目線)

しかし、李牧らのように中華全土に目を向けたら、東軍は重要拠点である(大きく俯瞰の目線)

そして、秦は少しずつ各国の拠点を攻め落としては自勢力として領土を拡大し、富国強兵を計る

よって、山陽を拠点に大国である楚を除く小なり中なりの国である魏などを攻め落とされ、糾合されれば、雪崩のように勢いを増して、どんどん呑まれていき、気づけば大国楚ですら対抗しえない国力となる
秦の軍師昌平君は誰もこの策略には気づかないと思っていたが、気づく者がいたので、「まさか、山陽攻略の真意に気づく者がいるとはな」と蒙武に言った

よって、雪崩が起きる前に、楚を総大将とした合従軍を起こし、秦の滅亡を図った(出る杭は打たれる)

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