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戦後の日本人の足となったのはトヨタの車?

kum********さん

2017/3/2111:01:53

戦後の日本人の足となったのはトヨタの車?

NONOまずは乗り合いバスに沢山荷物も持って乗られました、

次に本田スーパーカブ、
小さな子供を連れてのショッピングで奥様を助けたのは3人乗り自転車、

小中学生の足にはナショナル電灯付き自転車、

そのあとようやく若者の足として、ダックスホンダ、奥様の足として、ヤマハロードパル、

同時期にようやく、トヨタカローラと日産サニーとダイハツMAXが出てきました。

日本人の足としての視点では、大体こんな感じであると言えるでしょうか?

「戦後の日本人の足となったのはトヨタの車?

NONOまずは乗り合いバスに沢山荷物も持って乗られました、

次に本田スーパーカブ、
小さな子供を連れてのショッピングで奥様を助けたのは3人乗り自転車、

小中学生の足にはナショナル電灯付き自転車、

そのあとようやく若者の足として、ダックスホンダ、奥様の足として、ヤマハロードパル、

同時期にようやく、トヨタカローラと日産サニーとダイハツMAXが出てきました。」について、

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

n_e********さん

2017/3/2111:49:45

戦後から1955(昭和30年)までは公共機関と自転車です。
概ね1958(昭和33年) スバル360 と スーパーカブの登場が
戦後1回目のモータリゼーションの始まりです。

補助原動機や原付は台数的にも国民の足にはなりえて無いと考えます。

昭和45年(1970)頃には余裕のある庶民(アッパーミドル?)くらいは
自家用車を持つことができるようになり
昭和55年(1980)のファミリア人気の頃は1億総中流の意識の通り
まともに仕事してれば自家用車が持てる世の中になっていました。

スーパーカブは個人のというより新聞配達や蕎麦屋等仕事の部分で
昭和33年から本当に長いこと庶民の足として活躍しています。

個人向けの原付バイクは
1977 ヤマハパッソル等 一家に一台自家用車が概ね普及したあと
若者や家族の補助ヴィークルとして爆発的に売れるようになりました。

自家用車のほうは
1958:スバル360のリリースから 1980:ファミリア(5)
までにヒットした車は
スバル360(58)
トヨタ パプリカ(61)
ニッサン サニー(66)
トヨタ カローラ(66)
ホンダ シビック(72)

ホンダの軽やら三菱のコルトなんかも売れた商品ではありましたが
時系列と販売台数からすると国民の足として評価されるのは
上記の車でないかとは思います。

質問した人からのコメント

2017/3/22 11:56:56

きちんと研究されているのですね!

貴重なご回答ありがとうございました。!

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