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警視や警視正は、江戸時代ならどのくらいの役職ですか? また警部は、武士ですか?...

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ID非公開さん

2017/4/116:31:50

警視や警視正は、江戸時代ならどのくらいの役職ですか? また警部は、武士ですか?警部補は、町人 巡査は、百姓ですか?

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rek********さん

編集あり2017/4/120:05:42

江戸の治安は16人しかいない同心が担当しておりその配下として町人を、雇いいれ、軽微な犯罪などは町役人に一任していました。

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vxb********さん

2017/4/212:27:03

警視とか警部ってのは役職じゃなくて階級ですよ。

ban********さん

2017/4/121:29:42

警視正・警視・警部は町奉行所(幕府管轄)の与力、巡査は同心に該当すると思います。

南北の江戸町奉行所に属していた与力は25騎ずつ、同心は約100名ずつで、与力の初任給は130俵、永年勤続の古参で200俵、同心支配役で230俵でした。
同心は30俵2人扶持、古参同心は35俵2人扶持、永年勤続や評価によって100俵まで昇給され、さらに与力に昇進できましたが、身分は一代限りの御抱席でした。

南北の江戸町奉行所の与力同心全員の総給与分として一万石とし、上総国に大繩地(給与地)があり、どれが自分の領地であると言うことは無く、一万石の大繩地に対して給地役と言う担当者が南北の町奉行所にひとりずついて、八丁堀組屋敷内に事務所を設けて、給与の受け取りと配分などを担当しました。
江戸町奉行所の与力と同心は、ほとんどの者が一代限りの御抱席で、足軽階級でした。しかも犯罪者の検挙・逮捕・取調べなどを主任務としていたので卑しい身分とされ、幕臣とはみなされませんでした。

kii********さん

2017/4/121:00:48

警視総監=老中
警視監=町奉行
警視正=与力頭
警視=与力
警部=同心頭(下層武士、あるいは御用人)
巡査部長=同心(町人)
巡査=町人や穢多非人


ただ、町奉行はドラマのようにいちいち町人の裁判を行いません。
立ち位置としては警察というより行政官僚で、現在でいうと都知事が最も近い役職です。

与力にも内与力という人がいて、これは主人の役職に付き従って役職につく陪臣です。いわば嘱託なので、頭になるのは幕府直参の与力です。

また、御用人というのは実態は様々で、農民町民の階層の人間もいれば、浪人や非人もいました。非人は穢多とは違い、前科のある町人や取りつぶしなどで主君を失った武士や浪人がなる階級であり、育ちがよい人間が多かった。

ari********さん

2017/4/120:18:14

警視総監なら町奉行だが、その下の警視正や警視なら与力クラスだろう。

町方は与力、同心しかいないから警部相当はない。同心に警部~巡査まで内包している。

与力・同心は御家人。一応武士。

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