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イエス・キリストと旧約聖書について。

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ID非公開さん

2017/4/2721:21:13

イエス・キリストと旧約聖書について。

牧師さんたちは、旧約聖書の創世記については「神話(作り話)」だと説明されていますが、イエス・キリストは旧約聖書の全てが正しいと信じて、布教活動に勤しまれたと思います。
中世に至っても未だ「天動説」が主流でしたから、イエス・キリストも太陽が地球の周りを回っていると信じていたと考えます。
果たして本当にイエス・キリストは、宇宙の創造主の御子で「全知全能」だったのでしょうか?

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kom********さん

2017/4/2814:41:17

私自身、油注がれたクリスチャンとして聖書は大変神聖なものだと感じております。
ただ、聖書の言葉をすべて信じてしまうと、生活の中で困窮したり大変な面もたくさん出てきてしまいます。
私の考えは神は存在するかしないか私にもわかりません。しかし、亡くなった後にバラダイスがあると考える方が死に対する恐怖は拭い去れると思います。
クリスチャンには大きく分けて2種類の方がいます

1つ目のクリスチャン
神様を信じているというより聖書を人生のバイブルとして活用している人

2つ目のクリスチャン
神は絶対で聖書の言葉を信じてそれにともった生活をしている方。

どちらも間違いではありません。私自身は1つ目のクリスチャンです。

それで、創世記を信じているかという事ですが、2つ目のクリスチャンの場合創世記を信じているでしょう。
私の場合は創世記だけではなく福音書や預言書事態も”小説”だと思います。
だからといって嘘だという事ではありません。聖書はとても良い教えが記されています。

行きすぎた解釈の例はこちらです。この考えを受け入れられるのは。2つ目のクリスチャンの方に多いと思います。
例えば、中絶に関して、出エジプト記にこう記されています。
「神の目から見て、胎児を殺すことは殺人です」
これを当てはめれば、レイプによってできた子供を中絶することも犯罪になるという事です。たとえレイプによってできた子も命には変わりないからそれを中絶してはいけないという事です。しかしどうでしょう?愛のある神であれば、意識のない子供より被害にあった方の気持ちを尊重するのではないでしょうか。

良い聖句はたくさんありますが、時たまちょっと違うんじゃない?という聖句も出てきます。その際には自分なりの解釈の仕方で良いものだと思います。
小説ですので聖書が絶対と受け止める必要はありません。

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質問した人からのコメント

2017/4/28 18:37:46

私も1の方です。
聖書も神の存在も、余り重要だとは考えておりませんし、天国も無くたって構いません。
ただ、人生の指針として、「何か」を持っていた方が「楽」だと考え、教会へ通っています。
貴方も書かれている様に、「これは違うなぁ」と思う部分は、信じない様にしています。
生きて行く上での「道路標識」として、信仰しています。
有り難うございました。

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mom********さん

編集あり2017/4/2815:40:37

福音書男です

イエスは、旧約を否定する行動をたくさん取ってます。

「 新しいぶどう酒は、新しい皮袋。古いぶどう酒は古い皮袋に入れる」福音書。

つまり、旧約聖書が、イエス降誕の後、使えない事を、説明して居ます。

旧約聖書の中のヤハウェイと、イエスの言う天の父は別物です。

イエスが、旧約聖書を解説するところ以外は、使えないのです。

イエスこ言葉が、ある以上、旧約聖書は、不要のものです。イエス言葉とは、相容れないもの。

ついでにパウロ書簡と黙示録も全く不要のものです。

パウロなんて、天啓を受けたら有りがちな、教祖ですね。


イエスの言葉を、読んでて、イエスは全てを知ってる、地球が球形である事を。知って居た、と感じ取れます。

質問者さんは、勝手にイエスが地球は平らだって信じ出た事にしてますけど、

そんな事イエスは全く言ってません。いい加減推測や、脳内設定は、やめましょう。

dri********さん

2017/4/2808:27:42

1.イエスキリストは旧約のすべてが真実であると信じていたわけではありません。旧約のすべての真実を知っていたのです。だって、当人でしょ?
そしてその真実はあなたも知るべきなんですよ。あなたは結局何が真実がわからないから、信じるとか信じないとか言ってるわけでしょ。自分で確かめればいいじゃないですか。

2.中世に至っても天動説が主流だと仰っていますが、アレキサンドリアの図書館長のエラトステネスは地球の大きさを計算しています。紀元前3世紀ですよね。そのときは地球は丸いと理解されていて、別に端っこにいる人が落っこちてしまうとは誰も信じていなかったわけです。
つまり、中世西ヨーロッパは、紀元前後の地中海周辺の文明程度から言うと、絶望的に低かったのです。キリスト教は文明程度が比較的高い時に広まりました。カトリックを基準に考えちゃダメなんですよ。

3.現代の物理学は、どっちかというと天動説なんです。
古典物理学では地動説で、そうすると、最終的に世界の座標軸を決めるのは何か、というのが問題になりました。太陽は動かずに地球が動いている。そうすると、全宇宙で見た時に、地球に届く光の速さにドップラー現象が生じるはずだ。
ところが検証の結果そういう現象は観測されなかった。誰もそれに対して説明できなかったが、アインシュタインが光の速度は一定で必ず直進するという前提にすれば地球を中心にして地動説で考えても問題ないという理論を発表したのが有名な相対性理論です。

なかなか難しいことでしょうが、読書をするとか、大学に行くとかなさって、いろいろお勉強になってみてください。

osh********さん

2017/4/2800:54:34

イエス・キリストは、宇宙の創造主の御子で「全知全能」だったのでしょうか? 。>そんなわけないでしょう。そんなのは、如何わしい宗教屋の虚言でありペテンです。

哲学者で文献学者のニーチェは次のように言い切っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
。イエスの死を機会に福音にもぐりこんだのがパウロの「悪しき音信」である。彼は「復活したイエス」という虚言のもとに、最後の審判を、「神の国」をでっちあげた。キリスト者たちは、実在生も歴史的真理も、さらにはイエスをも破壊して、不死の信仰をつくりあげた。

もはやキリスト者のなかには、真理などない。キリスト者は「信仰は浄福ならしめる、このゆえに信仰は真である」というが、ニーチェは、信仰が浄福がどうかが証明されていないばかりか、たとえそうであってもそれが真かどうかを証明することはできない、と批判し、「真理は一歩一歩戦いとられるものでなければならない」という。僧侶は何が真であるかを知らねばならない。しかるに僧侶はそれを知らぬ。よって僧侶が真理を語るとき、僧侶は虚言するのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ナザレ村のイエスが実在したとすれば、イスラエルの下層階級出身の建設労働者ですよ。
その時代(1世紀)のパレスチナの識字率は3%以下で、田舎では1%以下という研究もあります。
ナザレ村の下層階級出身のイエスは「全知全能」どころか文字が読めたかどうかも疑わしです。
たぶん、ユダヤ人が識字率が高かったと多くの人が思い込んでいるのは、
情報が古すぎるか、国を失って離散した3世紀以降あるいは中世のユダヤ人の識字率と混同しているかです。


宗教学者のレザーアスラン によれば、無学文盲の可能性がある。
「イエスは『テクトーン』といわれるが、ローマ人はこの言葉を、教育のない、あるいは読み書きの習慣がない無学者を指す俗語として使っていた。イエスはその両方であった可能 性がある。」(宗教学者 カリフォルニア大学リバーサイド校創作学科准教授)

ローマパレスチナにおけるユダヤ人識字
Jewish Literacy in Roman Palestine
●ロンドン中東研究所(LMEI)教授キャサリンHezser。 (Cathrine Hezser,Literacy in Roman Palestine (Tubingen: Mohr Sieebeck,2000)
ヘブライ大学エルサレムでの研究をしました - ロスバーグ財団フェローとドイツ学術協会によってハイゼンベルグの教授職を与えられました。

2005年以来、彼女はSOAS、ロンドンの大学で教えています。古代のユダヤ人リテラシーの分野の研究です。
https://books.google.com.au/books/about/Jewish_Literacy_in_Roman_Pa...

キャサリン・ヘザー(Cathrine Hezser,Literacy in Roman Palestine (Tubingen: Mohr Sieebeck,2000)彼女はあらゆる証拠を吟味した結果、ローマの支配下にあったパレスチナでは、どんなに高く見積もっても、人口のおよそ3%しか読むことができず、彼らの大多数は、都市や大きな町に住んでいたと結論つけた人々の多くは文章を目にすることすら稀であった。
一部の小さな町や村におけるリテラシーの割合は1%前後だったかもしれない。加えて、読み書きの能力を身につけていた人びとは、ほぼ例外なく上流階級に属していた。


●学者達の考える歴史的イエス

イエスキリストは存在しなかった存在したのは、革命家のイエスである。
●「イエス・キリストは実在したのか?」 カリフォルニア大リバーサイド校創作学科准教授。/ アスラン,レザー


救世主(キリスト)としてのイエスは実在しなかった。いたのは、暴力で秩序転覆を図った革命家(ゼロット)としてのイエスだった。
歴史上のイエスは革命家というかテロリストで、それを継いだ初期の教団設立者がキリストに仕立て上げていった

イエスの職業は、大工もしくは建設労働者を意味する『テクトーン』だったという。これが事実だとすると、イエスは職人、もしくは日雇労働者だったわけで、1世紀のパレスチナの無学者の中では、貧窮者、物乞い、奴隷よりいくらかましな最下層階級に属していたのではないかと思われる。

●イギリスの宗教史研究者S. G. F.ブランドン(英語版)(S. G. F. Brandon)は1967年に"Jesus and the Zealots , A study of the political Factor in Premitive Christianity "(邦題『イエスとゼーロータイ — 原始キリスト教における政治的要素に関する研究』

●日本の西洋史学者土井正興は『イエス・キリスト — その歴史的追究』(三一書房、1966年)を著している。土井のイエス像は、当時、不浄なものとして差別され、虐げられていた「アム・ハ・アレツ」(「地の民」)と共に立ち、かれらを宗教的に救済しようとするいっぽうで、ゼーロータイ的な政治革命への志向性をも有し、その両者を統合しようとするが、有効な革命理論の定立と行動の組織化に破綻を来したため、イエスはみずからの運動に挫折した、というものである。

●ジョエル・カーマイケル
、イエスはみずから「ユダヤ人の王」としてローマの支配体制に抵抗し、最終的には武力革命の興起を試みた結果、当時のアンチローマ・ラディカリストである 「ゼーロータイ」(熱心党)の1人として、ローマ帝国の派遣したユダヤ総督によって磔刑に処せられた、という解釈を施している

しかし、キリストの存在を証明できる客観的資料は皆無です。
イエスという人物が存在したとしてもイエスキリストは存在しなかったでしょう。

●バートン・L・マック アメリカの新約聖書学者。
イエスは犬儒派的な教師として想像されるが、その具体的な行動や生涯はあきらかにされてはいない。イエスに関する奇跡物語、十字架による殉教物語と復活、12弟子の概念は各種サークルの中での神話創造過程として解説され、実際の歴史とは別に創作されたフィクションである事を示唆している。


●聖書学者の荒井献は、5福音書を相互に比較すると、各福音記者が等しく同一人物であるはずの「ナザレのイエス」について記しているにもかかわらず、それぞれの福音書に描写されるイエス像は互いに相当異なっており、全体として多様であることを指摘している。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
シャルル・ギニュベールベール(ソルボンヌの キリスト教歴史学教授)は、福音書に登場するイエスはティベリウス帝の時代までガリラヤで生きていたと主張していたが、イエスの存在の証拠としての非キリ スト教の資料は、低く評価しており、「異教徒やユダヤの、いわゆる証言は、イエスの生涯に関するなんらの情報も明かしてはくれず、イエスが生きていたとい う確認すらできない……」と述べている

シャルル・ギニュベール『Jesus(イエス)』 原文フランス語、S. H. Hooke, Samuel Davidson による英訳(University Books, New Yory, 1956, p22)

cav********さん

2017/4/2723:50:10

牧師さんたちは、旧約聖書の創世記については「神話(作り話)」だと説明されています
→どこのバカ牧師?私の知る牧師たちはみな創世記を史実だと教えてますが。

are********さん

2017/4/2722:30:38

イエス・キリストは、神(天父)の命を受けて、この天地万物を創造された全能の神たる御方でもあるのです。キリストが言葉を発すると、そのとおりならざるを得ないのです。ジョセフは、次のように神とキリストにまみえる経験をしています。

https://www.youtube.com/watch?v=jGPb43iJ7IY


近代にイエス・キリストが召された主の預言者ジョセフ・スミスを通じて語られている主の御言葉

・「主なるあなたの神はこのように言う。すなわちイエス・キリスト、わたしは有るという大いなる者、アルパでありオメガであり。初めであり、終わりであり、世界が造られる前に永遠の大いなる広がりと天のすべてのこうごうしい衆群を見た者、すべてのことが目の前にあるのですべてのことを知っている者はこのようにいう。わたしは言葉を発してそれで世界が造られ、万物が私によって存在するようになったその者である。」(教義と聖約38:1~3)

・「見よイエス・キリストとは父から与えられている名である。この名のほかには人に救いを与えることのできる名は与えられていない。」(教義と聖約18:23)

・「すべての肉なるものはわたしの手の内にあるからである。安らかにしていて、わたしが神であることを知りなさい」(教義と聖約101:16)

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