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戦艦大和は世界三大無用の長物と言われることがあります。大和、というより超ド級...

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ID非公開さん

2017/5/115:15:39

戦艦大和は世界三大無用の長物と言われることがあります。大和、というより超ド級戦艦が無用の長物だったのでしょうか?地上攻撃ぐらいしか役にたってないような…。

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a02********さん

2017/5/115:41:38

戦後日本の復興を支えた工業力の結晶であり大和型で培った技術力で造船大国として返り咲いた現実を考えれば「無用の長物とは言えない」ですよ

無用の長物と言われるのは旧海軍が適切に使えなかった事が原因です

適切に運用されたミズーリ等は無用の長物とは言われていないですよね

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質問した人からのコメント

2017/5/7 19:29:15

皆さん、回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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sak********さん

2017/5/622:59:13

太平洋戦争初期は戦艦が主力でしたが後期になると空母が主力になりました。ですが、戦艦を造るのには三年間かかります。主力が変わったので時代遅れになってしまったんですね

her********さん

2017/5/520:31:18

戦果を挙げていないと言う直接的な理由以外に、大口径砲を装備したためにアウトレンジと言う消極的な思想が軍部内部に芽生えました。各作戦を概観すると敵に接近して戦った場合の方が成功しているように感じるのは私だけでしょうか。酸素魚雷を遠くから撃って皆外してしまう、ゼロ戦を航続距離の限界で使い消耗する。日本は物資が乏しい、貧しいと思い込むあまり損害を嫌って遠戦火力に頼りすぎていたのではないでしょうか。

2017/5/420:55:03

大和をはじめ、戦艦群を無用の長物にしてしまったのは、他ならぬ旧日本海軍。

もともと、アメリカを仮想敵国としていた戦前の日本海軍の基本的な国防思想は、アメリカ太平洋艦隊を日本近海で迎え撃ち、日本海海戦式の艦隊決戦でかたをつけるというものだった。
そのため、戦艦を中心とした艦隊の整備を進め(当時は、航空機の能力も不足で、航空機で作戦行動中の水上艦艇とくに戦艦を沈めうるというのは考えられておらず、戦艦こそが主力艦というのは世界の海軍の常識だった)、大和級をはじめとしたマル3戦艦、マル4戦艦、マル5戦艦といった戦艦群はその国防思想の最終点といえるものだったのです。そして、空母や基地航空隊、潜水艦、水雷戦隊などは、いわゆる「漸減邀撃作戦」のための補助戦力という位置づけに過ぎなかった。

ところが、日本が真珠湾攻撃やマレー沖海戦で、多数の空母や航空機(マレー沖の場合は陸上機ですが)を集中運用することの有効性を証明してしまったが故に、航空機やレーダー、空対艦兵器の進歩もあいまって、世界は航空主兵に傾き、日本の、というより世界の戦艦は本来考えられていた活躍の場を失ったのです。
この意味で、日本は本来の軍備拡張計画や用兵思想に沿ったものとは違う戦争を、自分から太平洋戦争でしてしまったと言えるでしょう。

しかしながら、ヨーロッパ戦線では、有名な「ビスマルク追撃戦」のような戦艦同士の砲戦も発生していますし、建造中のフランス戦艦ジャンバールとアメリカ戦艦マサチューセッツが主砲を応酬する、という事例も発生しています。
太平洋戦争においても、戦艦が本来の(敵主力艦との打撃戦という意味で)役割を果たす機会がなかったわけではありません。その中で、大和が真価を発揮する可能性が最もあったのは第3次ソロモン海戦でしょうか。この海戦では、第2夜戦とよばれる戦いで戦艦霧島がアメリカの新鋭戦艦ワシントン・サウスダコタと撃ち合い、ワシントンを行動不能に陥れました。その代償として、ワシントンにかかりきりになっていた霧島はサウスダコタから一方的に叩かれ、僚艦の比叡とともに鉄底湾に沈むのですが…。このときに大和は、出撃可能な状態にありながら後方待機という形で海戦に参加することはありませんでした。もしも、旧式の比叡・霧島に加えて大和が参加していたら…アメリカ戦艦を打ちのめしたのが霧島の36cm弾ではなく大和の46cm徹甲弾だったら…海戦の結末は違うものになっていたことは想像に難くありません。

また、ミッドウェイ海戦でも、4空母が沈んだ後に、一部の参謀は、せめて一矢でも、とミッドウェイ島に大和など戦艦を中心とした水上艦部隊で夜襲をかけることを主張しましたが、これも実現しませんでした。(一説には、山本五十六を中心とした連合艦隊司令部が、空母4隻喪失にショックを受け及び腰になったためと言われる。)

戦艦を無用の長物にしてしまったのは、日本海軍自身の用兵と、温存によるところが多いのが、返す返すも残念です。
新鋭戦艦を惜しげもなく前線に投入したアメリカに対し、日本は最強の戦艦を温存に温存を重ねた結果、捷一号作戦そして天一号作戦という世にも愚劣な艦隊特攻で自ら滅ぼすことになったのですから。

ちなみに、ヨーロッパの海軍は、空母と航空機が海軍の主力ということが決定的になった戦後においても、戦艦というロマンをなかなか捨て去ることができなかったらしく、世界で最後に建造された戦艦は1949年竣工のフランスのジャンバール、イギリスにいたっては(一時は世界で最も多くの戦艦を保有した海軍らしいというべきか)戦後までライオン級の建造を諦めず、最終的にライオン級は断念していますがヴァンガードを就役させています。
まあヨーロッパ戦線で海の主戦場となった大西洋、特に北海は波が荒く、静かな太平洋と違って常に空母から飛行機を飛ばせる状態ではありませんからね。その点でも理解できる気はします。事実、ヨーロッパ戦線では戦艦をはじめ水上艦の活躍が目立ったわけですから。余談でした。

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ymn********さん

2017/5/414:46:48

同じ超ド級戦艦でも、大和型が無用の長物と言われ、アイオワ級が汎用性の高い実用的な戦艦と言われたのは、両艦の設計思想が異なっていたからです。

大和型戦艦は、従来の戦艦のように「大艦巨砲主義」に基づいた設計でした。
アイオワ級戦艦はサウスダコタ級と同時期に設計され、サウスダコタ級が大和型と同じような設計思想だったのに対し、アイオワ級は機動性を重視した設計になりました。
大和型とサウスダコタ級の艦形はなんとなく似ていますよね?(幅広い)
対してアイオワ級は速力を出すために全長を長くしたため、スマートな艦形です。

この結果、大和型と同じ超ド級戦艦であるアイオワ級は、空母護衛などで役立ったのです。
大和型の設計は、平賀譲造船技士の影響が強いです。

mig********さん

2017/5/212:22:44

▼日本は日露戦争の【日本海海戦】で完全勝利を収めて以来、国の運命は、制海権を掌握できるか否かの【艦隊決戦】で決まると云う考えが定着する。そしてまた、世界列強も【大艦巨砲主義】へと邁進していく。
しかし時代は航空機の急速な進歩により、海戦は【機動部隊:空母】を主力とする「航空機」による艦船攻撃に戦術は一変してしまう。旧日本海軍の中でも空母の有効性に着目したのは、山本五十六や源田実などの少数派で、その少数派が世界に先駆けて空母の有効性を皮肉にも実証してしまった。また日本海軍は、0戦(零式艦上戦闘機)の圧倒的な格闘性能と長大な航続距離で制空権を握り、日本機動部隊はミッドウェー海戦まで連戦連勝を続ける。
【大艦巨砲主義】の名の下「極秘裏」に建造され、最後の「艦隊決戦用」にトラック島泊地で長く温存される【大和と武蔵】も、やがて海軍兵士達の間では「大和ホテル」に「武蔵屋旅館」と揶揄され、また無用の長物【世界3大バカ】❶ピラミッド❷万里の長城❸大和・武蔵とまで囁かれてしまう。日本機動部隊も天王山の「マリアナ沖海戦」で、米軍の高性能「対空レーダー」による航空管制と「近接信管」の対空砲火の前に大敗し、レイテ沖海戦で【武蔵】はシブヤン海に消えてしまった。そして【大和】も沖縄特攻へ・・・
幻の艦隊決戦を夢見て建造された史上最大の戦艦大和・武蔵よ (◞_◟)ノ~~

◆CG動画↓【戦艦大和】栄光と終焉
http://www.youtube.com/watch?v=uc9JHQJ0f3s
◆CG動画↓【大和沖縄特攻:昭和20年4月7日】
https://www.youtube.com/watch?v=yQ5fgKeRKhg

▼日本は日露戦争の【日本海海戦】で完全勝利を収めて以来、国の運命は、制海権を掌握できるか否かの【艦隊決戦】で決まる...

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