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国語の問題「サイコロをふって6が出たとき次も6が出る確率は」 様々な議論を...

tok********さん

2017/5/115:52:22

国語の問題「サイコロをふって6が出たとき次も6が出る確率は」

様々な議論を呼んでいるこの日本語ですが

数学とくに確率においては答えは一つに誘導されるようにならなくては大変な結果を招いてしまいます。
読み手がそれぞれ解釈できて異なる解が出てしまうようではロケットも飛ばせないでしょう。
上記の問題では
1.6が連続して出る確率
2.とにかく一回目ふって6が出た、その後にサイコロを一度振った場合6が出る確率は?
このように回答者が割れているおかしな状態が起きています

質問でs
「サイコロをふって6が出たとき次も6が出る確率は」
この問題、日本語としてどこがどうまずいでしょうか?
これにより日本語の欠点がわかるような気がしています

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fin********さん

2017/5/213:28:38

>サイコロをふって6が出たとき次も6が出る確率は

この文字列が曖昧に解釈される原因は、

①「サイコロをふって6が出たとき次も6が出る」確率は

② サイコロをふって6が出たとき、「次も6が出る確率」は

のいずれであるかが明示されていないからだと思います。

例えば、

「サイコロをふって6が出たときにさあ」と話しかけて、「次に6が出る確率っていくらかな?」と尋ねた場合、「そりゃ6分の1だよ。いつだって同じだよ」と答えるヒトであっても、

「サイコロをふって6が出たとき次も6が出る」と一息にしゃべり、一拍おいて、「という確率っていくらになる?」と尋ねた場合、「36分の1!」と回答する可能性はかなり高いんじゃないですかね。

必ずしも日本語に限りませんが、文の諸要素の修飾関係とりわけ修飾の範囲を明確にするためには、テンやマルを適切に使い、それでも足りなければカギカッコなどの補助的手段が必要になることは多い。
これは、会話においてはしばしば「語と語の間合いの取り方」などによって示されるため、語をそのまま文字に写すだけでは不明瞭になってしまうことがあります。講義や講演のテープ起こしなどする際の注意点の一つでしょう。

正直いって、

サイコロをふって6が出たとき、次も6が出る確率は

とテンを一つ補ったぐらいでは、依然として、上にあげた①と②のどちらであるか、議論の余地無く明示されたとはいえないと思います、ごくフラットな日本語の文章としては。
それでも、文章として読む場合に、我々の比較的多数が②と解釈して回答する傾向があるのは、むしろ現在の日本の標準的な数学教材に慣れていて、それで学んで育ったからとしかいえないのではないですか。

  • fin********さん

    2017/5/213:43:18

    osaka_fujinさんの回答を読んで、半分ジョークですが「議論の余地」を作ってみようと思います、「×をつけられた生徒の屁理屈」の例として(笑)

    この文章は、むしろ「質問者様の1」以外に読みようがないじゃん。だってさ、「次も6が出る確率」だよ。
    「次は6が出る確率」じゃないわけじゃん。
    「次も」の「も」って言った瞬間に、すでに同じことが1回あったってことがそこには含まれてるわけじゃん。
    「次も6が出る確率は」っていうのの前には、「6が出たとき」っていうのしかつかないでしょ。

    「サイコロをふって1が出たとき次も6が出る確率は」
    「サイコロをふって2が出たとき次も6が出る確率は」
    「サイコロをふって3が出たとき次も6が出る確率は」
    「サイコロをふって4が出たとき次も6が出る確率は」
    「サイコロをふって5が出たとき次も6が出る確率は」

    これ全部、「も」のところがおかしいでしょ。日本語として間違ってる。

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rou********さん

2017/5/214:52:48

最初の回答者にあったように、この文章からは「2」と読みとれます。
「サイコロをふって6が出た」の時点でもう6が出たことは確定しており、「次に6が出る確率」だけが問題になります。

・サイコロをふって6が出たとき次に1が出る確率は? → 1/6
・サイコロをふって6が出たとき次に2が出る確率は? → 1/6
・サイコロをふって6が出たとき次に3が出る確率は? → 1/6
・サイコロをふって6が出たとき次に4が出る確率は? → 1/6
・サイコロをふって6が出たとき次に5が出る確率は? → 1/6
・サイコロをふって6が出たとき次に6が出る確率は? → 1/6
この最後の文が連続して同じ数になるのを「次も6が出る」と言ったにすぎません。

「1/36」の答えを要求するなら、
「サイコロを2度ふって、連続して6が出る確率は?」などとすべきです。

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kan********さん

2017/5/214:44:14

日本語の欠点じゃなくて、数学の授業で「確率」を教えるために、意図的にそういう書き方をしているのでしょう。

2. なわけですよね。
1回目が1であろうが6であろうが、2回目に6が出る確率は1/6です。
ところが、確率を学んでない者は感覚的に「1回目に6が出たんだから、次に6が出る確率は低いんじゃないか」と思ってしまうわけです。そういう感覚を諫める意味で、「1回目が何であっても、2回目に6が出る確率は1~5と同じく1/6である。1回目に出る目によって左右されるものではない。」ということを教えるため、わざとそういう書き方をしているのだと思います。

den********さん

2017/5/214:30:54

教科書などでは1のような表現はとらないと思います。2の表現でしょう。
一回目振って6が出、二回目振ってまた6が出る確率は?と言っているわけです。
日本語に罪はありません。1の表現が拙いだけです。
「サイコロを振って6が出、次もまた6が出る確率」でいいのではありませんか。
たいていの学生なら、そう解釈すると思います。

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qto********さん

2017/5/214:08:31

「振って」「とき」について、

「過去なのか?」「仮定なのか?」

どちらにも解釈はできますね。


何を議論しているか分かりませんが、

出題者の問題(文)作成能力の問題を

日本語の欠点と解釈する人もいるので、

盛り上がるのですかね・・・。

dai********さん

2017/5/122:19:18

確かに議論すべき事態だと思います。2通りに読めると思います。

ただ、「とき」という語により、「前半部分は一応確定したものとする」といった暗黙の了解があるようにも思います。(現に、私も初めて読んだときは、そう理解して読みました。)ただ、その暗黙の了解のようなものは、「決定的にそう読まねばならない」という申し合わせとして、世間的に合意を得ているとは言えないと思います。これでは、人によって議論の前提が狂ってしまいますから、別の言い方をしなければならないと思います。

この「とき」という前提条件の提示を意味する言い方について、「今後日本語としては、かくかくの認識を持つべし」と命令することはできないのですから、この言い方でない別の表現を使用するしか改善策はないと思います。

例えば、こんな方法もあると思います。2文にします。

「サイコロを振って6が出たとします。そのあとで続いて6が出る確率は」

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