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斎藤道三の京都での最初の妻はその後どうなったのでしょうか。

yyo********さん

2017/5/410:30:54

斎藤道三の京都での最初の妻はその後どうなったのでしょうか。

斎藤道三、若しくは父親の長井新左衛門尉は、京都時代、油屋の奈良屋又兵衛の娘と結婚して山崎屋と称し、その後美濃へ移り小見の方と結婚します。
その後道三は美濃で頭角を現していきますが、最初の妻、奈良屋又兵衛の娘はどうなったのでしょうか。

ご存知の方がいましたら、教えてください。

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ito********さん

2017/5/410:54:44

「美濃国雑事記」に奈良屋の娘は「法名を袋宝という」と出ています。法名が伝わっているということは長井新左衛門は妻を美濃に呼び寄せ、そこで亡くなった可能性が高いです。
子の道三は明応3(1494)年の生まれで、その妻が美濃に来てからの子である可能性もあります。

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eco********さん

2017/5/414:43:06

その京都での来歴は、司馬遼太郎の創作ですが?

rek********さん

2017/5/410:38:21

作家のつくりばなしです。

存在しません。

そもそも父親は京都の妙覚寺法華房の僧侶で妻のいない人です。

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