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聖徳太子は、今は厩戸皇子という名前で教科書に載っていると聞きました。

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ID非公開さん

2017/7/110:45:22

聖徳太子は、今は厩戸皇子という名前で教科書に載っていると聞きました。

確かに、聖徳太子が実在せず、厩戸皇子という皇子はいたようだ、ということであれば、実在した人の名前を載せるのは分かります。

しかし、もし厩戸皇子が実在したとしても、冠位十二階や十七条の憲法、遣隋使などの功績を残したのは、あくまでも聖徳太子であり、聖徳太子=厩戸皇子として、厩戸皇子の功績にするのはおかしいと思うのです。

つまり、「冠位十二階(中略)、これらのことは聖徳太子が行ったが、聖徳太子の実在は疑わしく、他者の功績をまとめて虚像を作り上げた可能性がある。厩戸皇子は実在したが、すなわち聖徳太子ではない」という表現がふさわしいと思うのですが、今はどういう教え方がされているのでしょうか。

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pin********さん

2017/7/114:40:38

「厩戸皇子は実在したが、すなわち聖徳太子ではない。」という表現でも不十分です。
「隋書俀国伝」に記述のある「阿毎多利思北孤」という人物が「隋の文帝、煬帝に使者を派遣した時に、我が国の内官の位階は十二等ある」と言っています。
「聖徳太子」というのは、「厩戸皇子の体に、隋書国伝の阿毎多利思北孤の事績を合算して、日本書紀の編者たちが、創作した人物です」。
何故、日本書紀の編者たちが、この様な策(はかりごと)を施す必要があったのかは、「神武が近畿に東遷してきて以後、列島の最高権力者は、ヤマト以外には存在しない」というのを踏襲しているからです。
少なくとも、「高等学校の歴史教科書(日本史)には、何時になったら、この様な記述のなるのか」、楽しみに待っているのですが、今回も「恐る恐る足を踏みだそうとしたが、やっぱり引っ込めてしまった」という状況の様です。
文部科学省も、「しょうもない事」で、ガタガタしてないで、歴史教科書も頑張れ!
質問者の方の「どういう教え方がされているのでしょうか」から、離れてしまいましたが、ご容赦下さい!」。

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質問した人からのコメント

2017/7/8 11:26:52

呼び名の話とごっちゃになって、申し訳ありませんでした。その中でみなさん貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。

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shi********さん

2017/7/118:51:18

質問者様の言い分はある程度わかったのですが、では厩戸皇子が拠点としたであろう斑鳩宮について、なぜ、厩戸皇子がかの時代に独立したいっこの宮を営むことができたのか?

また、その規模も決して小さなものではないことから、6世紀後半〜7世紀初頭にかけて活躍した厩戸皇子は、飛鳥政界を左右するほどの実力を有していた。
そう考える方が自然ですよね?

そして、その厩戸皇子の斑鳩進出は、先に力を失った物部氏の敗戦を期に具体化し、推古王権そして蘇我本宗家の強力な支援を受け実現したことに、疑いの余地はない以上、日本史教科書が、あからさまに厩戸皇子の功績を否定する論調である方が、歴史教科書として不自然だと私は思いますけど。

hoc********さん

2017/7/118:34:30

聖徳太子は日本書紀よりもあとにできた厩戸皇子への尊称です。
呼び方の違いと事績が史実かどうかの問題を混ぜないほうがいいでしょう。

spi********さん

2017/7/112:30:43

日本書紀には冠位十二階や十七条の憲法、遣隋使などの功績は厩戸皇子の事績として書かれています。のちに伝説的な要素が加わり信仰の対象となって聖徳太子となっていったのです。

現在でも聖徳太子(厩戸皇子)と教科書には書かれていて、これは当面は継続されることが決まっています。

yoi********さん

2017/7/111:19:21

「聖徳太子」て呼び方は、厩戸皇子の諱だからねえ

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