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哲学における存在とは最も根本的な概念であり、それゆえ十全に定義出来ないという...

dor********さん

2017/7/115:56:31

哲学における存在とは最も根本的な概念であり、それゆえ十全に定義出来ないというのは必然的な事実ですか?それとも可能性の問題であって、まだ定義が出来ていないというだけのことですか?

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i_w********さん

2017/7/121:24:08

哲学を語る前に日本語の基礎覚えたら?

そういうのを「泥縄」って言うんだよん♬

哲学を語る前に日本語の基礎覚えたら?

そういうのを「泥縄」って言うんだよん♬

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twe********さん

2017/7/117:31:33

その都度、了解事項を共有していけばいーだけの話だよん♪ヽ(^○^)ノ

skt********さん

2017/7/116:41:06

ハイデガーは「存在と時間」で、存在について序文で以下のように言っています、

①存在はもっとも普遍的な概念と言われる。そしてもっとも普遍的な概念は、それが何であるか規定できない。なぜかというと、規定とは、それよりも大きな概念に包摂することだからで、ところが存在よりも大きな概念がないから、包摂できない。
存在が何であるか、規定できない。

②存在は普遍的だが、その場合の普遍という意味は「類の普遍性」ではない、「類の普遍性」とは概念の上の上、いちばん上にあるという意味だが、存在は「類比の統一」というべきである。
つまり、存在するもののアナロジー。

③存在は自明な概念である。そして自明なものは定義できない。私たちは日常的に「ある」とか「いる」という言葉を使っているが、人から「あるってどういう意味?」「いるってどういう意味?」と聞かれると答えられない。
「ある」とは「ある」だよ!としか答えられない。
聖アウグスティヌスが、時間について言っています、
「私たちは時間が何であるかよく知っている。しかし、人から改めて時間とは何?と聞かれると答えられない」と。

このように存在を定義するのは、ひじょうに難しいということです。
ハイデガーも、存在とは、存在自体である、と言っています。

otu********さん

2017/7/116:38:05

単純です。
あるなしですよ。

バーチャル世界はバーチャル世界として有るし
現実世界が バーチャル世界の様な物なのかは 別問題です。
宗教的存在は宗教によって定義されてます。

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