ここから本文です

亡くなる2.3日前に痛み止めの点滴をしていました。中身はなんだったと思いますか?...

nou********さん

2008/7/919:21:59

亡くなる2.3日前に痛み止めの点滴をしていました。中身はなんだったと思いますか?
量を増やすと危険と言っていましたが、父は少しでも母が痛いと言うと、直ぐにでもベルを押して注射を打って貰ってました。

別の看護婦さんは、痛みを訴えたら、無制限に打ってくれるように言ってくれました。
末期のガンなので、それは仕様が無いと思います。
しかし、点滴打つ量を減らしたら、1日でも永らえたのでしょうか?
点滴の打つ数と死への道は比例していたのでしょうか?
たとえ、死への道しるべでも、父の下した判断はそれで良かったと思っております。
死への道標となる注射だったと後で気が付いても、後悔はしません。
なので、その注射と言うのはどういう注射だったのか、そっと、そっと、私に教えて下さい。

閲覧数:
15,524
回答数:
8

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

we_********さん

2008/7/1322:33:54

まずお薬の内容ですが、
「量を増やすと危険」「無制限に打ってくれる」「末期のがん」などから
医療用麻薬の痛み止めが一番考えられると思います。
医療用麻薬の痛み止めで良く使用されているのは、
よく知られているモルヒネ以外にオキシコドン、フェンタニルの3種類があり
一日の使用量の上限はありませんが、急に量を増やすと呼吸が弱くなってしまう
(特にお身体が弱くなっている時)という心配があるため、量を増やすと危険と言われたと思います。
おそらく3つのうちどれかが使用されたのだと思います。

また、終末期には、痛み止めで苦痛が取れないときは眠る薬を使うことがあり、
もしかしたら睡眠薬を使用された可能性もありますが
「痛み止め」と言われていたのであれば、違うかも知れません。

適切に使用すれば、医療用麻薬や鎮痛剤を使うことで余命が短くなることはないといわれています。
正確には、それらの薬を使用することで余命が短くなったという医学的根拠は
まだ証明されていない、といわれています。

お父さんの選択は正しかったと思います。
また、このような医学的知識がきちんと患者さんやご家族に広がるような、
薬に対する誤解がなくなるような世の中になると良いと思います。

質問した人からのコメント

2008/7/16 19:05:36

降参 丁寧なご回答有難う御座います。きちんと、結論まで書いてくださって有難う御座います。とても感謝申し上げます。
また、その他の方も、たくさんの方々の考えを書き並べて頂くと、1つの結論よりもより納得することが出来ました。本当に御礼申し上げます。有難う御座いました。

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/7件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

iti********さん

編集あり2008/7/1619:02:15

回答者へのお礼の言葉が書き切れなかったので、敢てここで、述べさせて貰います。
有難う御座います。
ある疑問が解消されました。とても感謝致しております。

うまく書けない。

前の質問の文章を貼り付けるのを取り込むのをやめて、打ち込むことにしました。

どうも、私の恐れていたとおり、痛み止めは、常人が使うと大変な麻薬の一種だったようですね。
お教え下さって有難う御座います。納得しました。道理で看護婦さんが、量を規制するような注意を呼びかけたはずですね。

ところで、この前に『アクア』についての質問をしていました。その結果、母は、大変、喉が渇き、それに伴い、丹が絡んでいたようです。
もしかしたら、父は、それを『痛み』と勘違いして痛み止めの注射を打たせていたところもあるようです。
痛みは確かにあるはずですが、もしかしたら、初期段階だったようにも思えます。

元々、父は、母が苦しんでいる姿を見たくありませんでした。
そういう点からいくと、この勘違いは、それほど重要な事ではなかったのかもしれません。
母は、余り苦しまずに亡くなったのですから。
ただ、父は、相当苦しんだように捕らえたようです。
癌にしては、この程度の痛みは、まだまだだったかという疑問点については、この際、どうでも良い事として封印したいと思います。
そして、父が思うとおり、妹が感じたとおりに賛成し、私は否定せず、口出しせずに、事なきを得たいと思います。
ただ、私は、皆様方のお蔭で、真実を知ることが出来たように感じます。
実際には、亡くなる寸前までにもう1つ2つあったようにも思えますが、それを淘汰ところで、何も残らないような気がいたします。
父に聞いたところで、何日も眠らずにいた人の神経では見逃したことも多いはず。
もっと私は修羅になってしまうでしょう。
知らずにすむことは知らずに済ますことも必要なことだと、この機会に学習いたしました。

ということで、回答者全員に感謝の言葉を述べたいと思います。
どうも有り難う御座いました。
文章が揺れてますが、今の私の常態を考えてくださいませ。お許しください。有難う御座いました。

★★★★★
前文お礼のメッセージ引用。
亡くなる前まで、水を求めていました。しょっ中喉に丹が絡んでいました。アクアが無いとき、母は、ハァハァ息をして、苦しそうでした。
父は看護婦を呼んで痛み止めの点滴をしてもらいましたが、あれは、喉が渇いていたのですね。
吸い飲み?楽飲み?でも、うまく呑めずに溢していたので、父に『やるな』と注意されました。
殆ど水分は取れてなかったように思えます。 原因はそれかもしれません。
原因がわかると、尚更、後悔が残りますが、看護婦さんに生涯逆恨みせずに済んだ事を御礼申し上げます。

(六道を自由に選択出来るなら、私は修羅にあこがれました。一部望みがかなったような気がします。
しかし、修羅の道は厳しいです。六道は死後の世界とされてますが、私は、生きている自分から変化しているように思えます。)

mel********さん

2008/7/1217:14:09

毎年ある学校行事と、死にゆく祖母で学校行事をとるような孫はいない。
子どもの方がよっぽど大人だ。妹の子どもの学校のHPとりさげたんだな。
この学校とは限りません、とか書いても妹の住所と学校の位置でバレバレなんだからやめとけや。

モルヒネは末期の壮絶な痛みを取るための手段だ。
死期を早めるという考え方もあるし、体力を温存してるとも言える。
もし長らえるというのであれば、君は母親が悶絶して目玉が比喩ではなくせり出すほどの痛みに耐えてでも
孫のために10時間痛みと闘って欲しかったのか?
ひでぇな。
後悔はしませんと書きつつ、後悔だらけ不満だらけだな。

asa********さん

編集あり2008/7/1116:08:53

母が何かい痛げに口を動かすと、父は迷わずベルを押して、痛み止めを頼んでいました。皆様が言う、痛みと同じ強さの痛みだったのでしょうか?【疑1】
私個人の思い上がった意見としては、一度、帰郷した子供達に当日実行するはずだった学校行事を受けさせてあげたかった。
自分たちで企画し、自分たちで実行する行事。とても楽しみにしていた。やり遂げた時の成長は大きかったと思います。
練習時に一日休んだ。
子供達は、即座に母、【彼らの御祖母さん】の方が大切と選択し、私と違って、スパッと意識を切り替えた。
本番当日も、何の愚痴も言わず、諦めた。
私だけが、未熟なのだろう。
けれど、そういったものも含めて、せめて夏休みまで、母の命を延ばせなかっただろうか?と考えました。
少ないところで、亡くなったその日、その行事だけは、やり遂げさせてあげたかったな、と思いました。
せめて10時間だけでも良かった。もう少し永らえていれば、悔いはなかった。

いつなくなっても可笑しくないと言われたその中で、子供達が一時帰宅する時に見せた言葉を話しないおばあちゃんとの約束。
『こういう行事があるから、それだけは子供達に受けさせたい』と言って控えめに言った妹。
おばあちゃんに報告する時の、その行事を語る子供たちの目の輝きを私は見てしまったから。

per********さん

2008/7/920:12:12

モルヒネですね。癌患者の壮絶な痛みを取り除く最後の手段です。
それ以外は考えられません。

私の祖母も最後は痛みとの壮絶な戦いでした。
最後は口から緑色のような液体を吐いた記憶があります。
副作用だったのかな。

isd********さん

2008/7/919:37:30

苦しんで亡くなるよりも、少しでも痛みをやわらげる方向でだした決断に否定はしません。いくらなんでも毒とか菌で汚染された注射はしないだろうし。 質問の亡くなる2、3日前に…が不自然な死ととらえていると思われます。ですが末期でしたら、痛み止めの注射してから1週間後や2週間後に亡くなりました…この注射は?と同じ質問になると思います。
痛みだけが唯一、生きてる証明だったのかも知れません。その痛みを止めるわけですから…矛盾してるかもしれないですね。疑ったらキリがないです。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる