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輸血拒否を説くエホバ証人の指導者たちの考え ものみの塔2017年2月研究用26P12...

jog********さん

2017/7/2222:04:02

輸血拒否を説くエホバ証人の指導者たちの考え

ものみの塔2017年2月研究用26P12には
「12 統治体は霊感を受けているわけでも、完全であるわけでもありません。

教理上の説明や組織上の指示の点で間違いをすることがあります。」

言い換えると、『エホバの組織が説く”輸血拒否”の教えは実は間違いかもしれない、なぜなら統治体は霊感を受けているわけでも、完全であるわけでもないからです。』と言っているようなものです。

”輸血拒否”により多くの命が失われていますが、この組織の指導者である”統治体”の考えは『教理上の説明や組織上の指示の点で間違いをすることがあります』と責任を取るつもりは一切ないのです。命に関わる選択を信者に説きながら『教理上の間違い』で処理されてしまうのです。

これら指導者は、なぜ「責任を取る!」と言えないのでしょうか?
簡単なことです。教理に自信がないのです。教理がエホバ神の是認を受けているという自信も信仰も無いのです。

しかし、これらの指導者は信者が輸血をすれば排斥、叱責、断絶扱いと厳格に処罰します。

多くのエホバの信者は輸血拒否は信仰の問題だと言います。しかし、信仰の無い統治体が説く”間違っているかもしれない教理”を信じ、輸血を拒否することは本当に神への信仰と言えるのでしょうか?

信者が輸血を拒否する理由は単に処罰を恐れているからではないでしょうか?

”間違っているかもしれない教理”を信じ、輸血を拒否し命を危険にさらす行為を神は是認されるでしょうか?

確かに血を避けるという神の命令は古代において重要でした。血を避ける事は命を神聖なものとして扱うことになるからです。しかし、「命を守るための輸血」という行為を神が避けるように命令するとは到底考えられません。古代において命を不敬に扱う輩、動物を虐殺する輩に対し神が命を大切にするための儀式として血を地に注ぐように命じたのです。現代において輸血は命に敬意を払い命を守る手段となっています。

命の扱いに対して神が是認されるのは果たしてどちらでしょうか?
1)輸血して命を守る
2)間違っているかもしれない教理を信じ輸血拒否して死ぬ

あなたはどちらが正しい選択だと思われますか?

補足”間違っているかもしれない教理”を信じ、輸血を拒否し命を危険にさらす行為を神は是認されるでしょうか?

そもそも、神から出た教えが間違っているかもしれないとか、あり得ないのです。神から来る教えならば絶対に正しいはずですね。

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ベストアンサーに選ばれた回答

syn********さん

2017/7/2500:53:35

もしかしてエホバの証人は統治体に対する組織崇拝が前提の団体なのではないでしょうか
もしそうなら統治体が輸血禁止との教義をたてれば組織を崇拝するエホバの証人はなんとしてもその指示に従うはずです
盲信者とはそうしたものです
正解は次のようになります
3)統治体は霊感を受けているわけでも完全であるわけでもありませんが統治体が間違えるはずがないので教理を信じ輸血拒否して死ねば統治体が是認してくださる

エホバの証人にとっての神は統治体ですから彼らは喜んで死ぬ事ができるのでしょう
私にとってエホバの証人がどの道を進もうと知ったことではありませんので好きに生き死んだらよろしいかと思います
その生き方を事ら側に持ち込めば断固戦いますが盲信者の皆様は止めても無駄ですから仕方がありません

  • 質問者

    jog********さん

    2017/7/2608:00:09

    こちらから失礼します、mirokさんはかなり負けず嫌いのようですね〜、論破の意味も分かっていないようです。誰が見ても完全ノックアウトです。ケンカを売った相手が悪かったですね〜。
    私としは今回大変勉強になりました。参考にさせていただきます。

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質問した人からのコメント

2017/7/28 08:56:17

統治体が教理は間違っていると言っても、信者は間違いとは認識しないのです。盲信とは恐ろしいものです。

ベストアンサー以外の回答

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mar********さん

2017/7/2401:20:34

ミッシングさんにやっつけられてるね、、

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wat********さん

2017/7/2400:15:35

どちらも正しくないですね。

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カテゴリマスター

mis********さん

2017/7/2311:45:23

> 「エホバ証人の指導者たち」の 命の扱いに対して神が是認されるのは果たしてどちらでしょうか?

ということですが、ここでいう神の定義があいまいなのですが、「エホバ証人の指導者たち」の神だとして、指導者たちがそうだと善意として信じた方が正しい事になると思います。なぜなら、ここでいう神とは、エホバ証人の指導者たちの神であり、彼らの理性のこころだからです。

「常に最善であろうとする」のが正しいのであって、何が間違いであったかは、現時点ではわからない。出来る限りのことをし、走り続けるのみだと思います。それに、行き過ぎたことを反省することは、決して悪い事ではないと思います。

社会または人間史の中で特定の宗教の善悪を考えるのであれば、歴史を通して社会の理性的な心が決めることであって、例えば、暴徒たちに組織が攻撃され崩壊したり、歴史が長いことや何かしら形として褒章を与えられたり表彰されたとしても、それが天の罰や神の恵みなのではないと思います。



話は変わって、輸血の考え方についてですが、

古代ギリシア哲学では、霊的なことには血が関係していると考えられてきました。例えば、紀元前5世紀頃に古代ギリシアの医師ヒポクラテスの四体液説というのがあり、黄色、黒、白、赤の体液についての当時の医学的な発展的な考え方なのですが、その体液とは、血清、白血球、赤血球、血餅(血のかたまり)という血液の状態に由来していることがわかっています。

つまり、その四体液が血液なので、その神聖な体液が侵されたら困るというのが輸血拒否だと推測するのですが、実は、その四体液というのは、プネウマという息を追及して生まれたものです。ヒポクラテス、四体液説とか、生気論と検索すればわかります。
↓生気論
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E6%B0%97%E8%AB%96

息(プネウマ)というは、簡単にいうと空気です。つまり、空気が体内に取り入れられ、血液の中で体内を循環することで影響があると考えられていました。重要なのは、呼吸だからです。

なので、輸血拒否の問題を霊的に追及すると、血液を輸血することが問題ではなく、外の空気を吸うことも問題になります。

呼吸拒否問題もいつか浮上するかもしれません。

おわり

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reb********さん

2017/7/2309:04:18

そんなの2に決まってるじゃないですか。
なぜ、聖書に書いてあることを都合の良いように独自解釈して
命が危険にさらされているときは血を取り入れてもいい になるのか。

そんなことは聖書のどのページにも書いてないでしょう。

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