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NHKは731部隊のことをなぜ今頃、放送するのか? 8月13日(2017年)午後9時のNHK...

kachipongさん

2017/8/1321:50:31

NHKは731部隊のことをなぜ今頃、放送するのか?

8月13日(2017年)午後9時のNHKスペシャルとして放映した。

こんなことは、森村誠一の「悪魔の飽食」で何十年も前に明らかにされている。

はるか以前から、話題にもなり、多くの日本人は反省もしてきている。戦後生まれの私たちもだ。

日本軍は間違いなく酷いこともいっぱいした。

しかし、なぜNHKは毛沢東に率いられた共産党軍が、何をしたのかについては明らかにしないのか?

スターリンのロシア軍が何をしたのかについては、なぜ明らかにしないのか? シベリアで日本人がどんな酷い目にあわされたのか、日本人に語らないのか?

英国軍がインドでどんな凄惨なことをしたのか、放送しないのか? オランダ軍がインドネシアでいかなる残酷なことをしたのか、世界に知らせないのか?

戦争は惨いものだ。だから絶対にしてはいけない。人間を狂わせる。やらなければ、やられる、という非常な環境に人を追い込む。

日本だけが悪い、日本こそが悪い、日本人は永遠に子々孫々まで、後悔し反省し続ける。欧米人は平気の平左だ。

アメリカは広島と長崎に原爆を落とし、非戦闘員の日本国民を30万人も40万人も殺している。原爆を落とされた直後から、現場は本当の地獄となったのだ。

この放送はまた、現代の中国、韓国、北朝鮮に、日本があげ足を取られる材料を提供する。間違いなく、また、これから日本は国際的な場で不利になり、追いつめられる。

元少年兵の老人が、「戦争とはこういうものなのか…」「戦争は絶対にするものではない…」と涙声で訴える。その通りだ。戦争はしてはいけない。絶対に避けるべきだ。

しかし、この現代世界でも、実際のところ、恐ろしい武器が開発され続けている。それに対抗しなければ、国家が生き抜けないことも事実。学問が軍事技術に使われることは避けたいが、世の中は、正義だけで確立されているわけではない。

日本だけが、「正義」で貫いてやってゆけるのか? 本当にそうか?

NHKは今、誰に支配されているのか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

minkoyashojiさん

2017/8/1416:17:47

情報化が進み、
(虚構の)南京、(虚構の)慰安婦と、
どんどん「嘘」がバレてしまい、ついにまた、
古いネタを出し始めたのでしょう

反日勢力の目当ては「お金」です

補償だー、賠償せよー、と騒げば、お人好し日本国民の血税から経済搾取できると思っています




(史実)
研究所はありましたが「残虐な実験は一切ありません」

フィクション小説(架空小説)「悪魔の飽食」の著者・森村誠一氏は
「画像の誤用」を認め謝罪しています

米国が調査し、公開した文書も
まったくの「嘘」であることを結論づけています





NHKを日本のマスコミだと思ったら大間違い
(NHK、朝日新聞は、中韓のご機嫌を伺う反日メディアです)

反日国家の嘘を、検証せずに、そのまま垂れ流します

NHKは、過去にも10,000人の視聴者から集団訴訟され、最終的にNHKが敗訴しています

くれぐれも騙されないよう、ご注意ください

(問い合わせ、抗議) NHK 番組の感想
http://www.nhk.or.jp/css/goiken/mail.html

情報化が進み、
(虚構の)南京、(虚構の)慰安婦と、
どんどん「嘘」がバレてしまい、ついにまた、...

質問した人からのコメント

2017/8/15 10:28:58

皆様、ご回答、ありがとうございました。一部に悪意ある回答者が居ましたが、相手にするきにすらなりません。それらの人が、いかなる人々であるか、おおよそは想像できます。気の毒な人たちなのかな、と同情します。

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2017/8/1503:30:59

731部隊は何も悪いことはしていません。NHKスペシャルは反日的で有害です。

人体実験の対象者は全員死刑囚です。どうせ殺される以上、どのような殺害方法を取ろうが、人の死という結果に違いはありません。そうであれば、医学に貢献する方法で死なせてやるのは、当人が生きた意味をこの世に残せるというものです。

また、死刑になるような極悪人ですから、当人の罪を考えるならば、実験で多少の苦痛があったとしても、その程度のことは受忍してしかるべきです。

人体実験は残虐だという人がいます。しかし、そもそも殺人というのは残虐なものです。責めるべき者があるとすれば、731部隊の医師が悪いのではなく、死刑を命じた人間がいけないということになります。
しかも、人体実験の対象となったのは、わが国に対し有害な活動を行った、極悪人です。

そもそも、敵国の人間を殺害するのに、何の遠慮が要りましょう。また、シナ人は極めて粗暴で、日本人に対し不利益しかもたらさない、有害無益の存在です。シナ人を殺害したことは人道に適う行為であっても、これを非難すべき理由が見当たりません。

qvobgs32598さん

2017/8/1413:12:59

2017.4.7 09:00更新
【戦後72年】
「零下30度、黒パンで耐えた」元シベリア抑留者が語る「戦争」…引き揚げの町・舞鶴で記憶を残す取り組み
http://www.sankei.com/west/news/170407/wst1704070002-n1.html
戦後72年を経て戦争の記憶が風化しつつある中、旧満州(中国東北部)からの帰国者やシベリア抑留者を戦後13年にわたって受け入れた「引き揚げの町」京都府舞鶴市が節目のときを迎える。来年は引き揚げ終了から60年。それに合わせて舞鶴引揚記念館(同市)の改修整備が計画され、抑留者の生の声を収録したDVDも制作された。ハード、ソフトの両面で、「引き揚げ」を後世に伝える取り組みが加速している。
舞鶴港(同市)は終戦直後の昭和20(1945)年9月28日に引き揚げ船の受け入れ港となった。当時、引き揚げ船受け入れ港は全国18カ所あったが、25年に函館(北海道)、佐世保(長崎県)が受け入れを終了すると、舞鶴だけとなった。33(1958)年にその役目を終えるまで延べ346隻を受け入れ、約66万人の引き揚げ者が上陸し、舞鶴の戦後はようやく終了した。
引き揚げの記憶を伝えるため63年4月に開館した舞鶴引揚記念館。平成27年10月には、所蔵するシベリア抑留の資料がユネスコの世界記憶遺産に登録された。
改修整備計画では、収容所の状況を再現した「抑留生活体験室」を新設し、収蔵庫と企画(絵画)展示室を増築。若い世代にシベリア抑留や引き揚げを伝える“次世代型体験施設”として整備し、開館30周年となる来年春の利用開始を目指している。
抑留生活体験室(48平方メートル)は、現在の企画展示室を改装し、収容所の一部やベッドなどを再現。実際にベッドに横たわり、てんびんで食料の黒パンの重さを測ることもできる。
また収蔵庫、企画(絵画)展示室の増築は、同館東側に413平方メートルを新築。同館は抑留体験者や引き揚げ者が描いた絵画1300点を所蔵しており、増築で157平方メートルに拡大した新たな企画展示室で活用する。
同館の山下美晴館長は「体験室では抑留生活を肌で感じられるようにし、絵画の展示では、若い世代の来館者が視覚を通じて理解を深められるようにしたい」と話す。
施設面の充実だけでなく、同記念館などは引き揚げの歴史を後世に伝えていく取り組みにも力を入れる。そのひとつが3月25日まで開講した「語り部」養成講座だ。
戦争を知らない世代にシベリア抑留や引き揚げの歴史を引き継ごうと開き、中学生3人を含む19人(男性6人、女性13人)が参加。近代の日本の歴史を学び、体験者の話を聞く語り部の実習を行った。
同記念館や語り部活動を行っているNPO法人「舞鶴・引揚語りの会」によると、講座は平成16年から開催していたが、22年に応募者が少なく中断した。
しかし、27年のユネスコ世界記憶遺産登録で、入館者が年間14万7033人と登録決定前の1・46倍に増加。語り部の高齢化もあって増員が急務となり、同年から講座を再開した。27年は17人の応募があり、13人が同会に入会。現在、語り部として登録されているのは34人で、実際には20人が活動している。
今回の受講者は10~80代で、初めて中学生が参加。修了者には語り部としての活動を依頼する。
また、抑留生活を知る証言者の記憶の継承も行っている。舞鶴・引揚語りの会は、シベリア抑留体験者で同会会員の原田二郎さん(92)へのインタビューを収録したDVD「次世代へのメッセージ」を制作した。
原田さんは、シベリアでの4年間の抑留体験を語ってきた。平和や命の尊さを次世代の人たちに考えてもらうため、DVDでは原田さんの生の声を記録。京都府立東舞鶴高校3年の生徒2人が「(抑留された)ハバロフスクは寒かったですか」「主な食事は」などと酷寒や飢えについて質問すると、原田さんは「一番寒いときで零下30度」「黒パンと岩塩で色が付いただけのスープだった」などと回答。証言に合わせて資料映像やイラストも見ることができる。
DVDは高校以上の一般用(約40分)60枚と小中学校用(約25分)50枚の計110枚を制作。同会の活動や学校への出前講座などで使用する。
同会の宮本光彦理事長は「どのようにシベリア抑留の史実を次世代にバトンタッチするかが課題。抑留体験者が高齢化するなか、若い人にぜひみてもらいたい」と話す。引き揚げ終了から平成30(2018)年で60年。引き揚げの町・舞鶴の取り組みが続く。

2017.5.12 16:34更新
シベリア抑留死亡者、新たに10人を特定
http://www.sankei.com/world/news/170512/wor1705120046-n1.html
厚生労働省は12日、第二次大戦後に旧ソ連に抑留され、シベリア地域で死亡した日本人計10人を新たに特定し、都道府県別の出身地とともにホームページで公表した。これで抑留死亡者の特定はシベリア地域(モンゴル地域を含む)で3万9771人となった。
公表された10人は次の通り。(漢字の字体は厚労省発表に基づく。敬称略)
【青森県】梅内綱賢
【茨城県】菊地文雄
【埼玉県】藤間平八郎
【山梨県】萩原英治
【長野県】春日勘一
【滋賀県】疋田進
【兵庫県】古窪田正三
【大分県】河野金彦
【鹿児島県】川畑武雄、北園政則

2017.8.6 10:19更新
【書評】
シベリア抑留研究者・長勢了治が読む『知られざる本土決戦 南樺太終戦史 日本領南樺太十七日間の戦争』 ソ連の北海道占領阻んだ奮戦
http://www.sankei.com/life/news/170806/lif1708060011-n1.html
今では「サハリン」は知っていても「樺太」は知らない人が多いかもしれない。
本書は、かつて日本人が40万人暮らしていた南樺太で起きた熾烈(しれつ)な地上戦の全貌を克明に描いた画期的な戦史である。各地の戦闘の経緯はもとより住民の避難や惨劇、樺太脱出を活写している。
ソ連は昭和20年8月8日、日ソ中立条約を破って日本に宣戦布告し、翌9日未明、満洲と朝鮮北部に侵攻した。
樺太では9日に銃砲撃はあったものの、ソ連軍が北緯50度の国境を越えて半田(はんだ)陣地に侵攻したのは11日だった。
樺太防衛を担った第88師団は対米戦を想定して南部に主力を布陣しており、8月初頭に対ソ戦準備に転換したものの、北部国境地帯には大きな部隊を配置していなかった。
それでも歩兵第125連隊は半田、古屯(ことん)で果敢に自衛のための戦闘に入り、ソ連軍の南部への侵攻を一刻でも遅らせようと奮闘した。
樺太ではもう一つ激しい戦闘があった。真岡(まおか)近郊での戦いである。終戦後の8月20日、ソ連軍は突如、真岡に艦砲射撃を開始し上陸しようとした。真岡市街にはごく少数の管理部隊しかおらず、民間人がほとんどだったが、ソ連兵は容赦なく無差別攻撃を行った。樺太での民間人死亡者2千人のうち約半数が真岡で殺された、といわれるほどの虐殺だった。上陸したソ連軍は日本側の軍使を殺害する無法ぶりで、荒貝沢(あらかいざわ)、ついで熊笹(くまざさ)峠で激しい戦闘となった。
北部国境にせよ、真岡近郊にせよ、日本軍は少数部隊で高い死傷率にもかかわらず、装備や人員で遥(はる)かにまさるソ連軍の進撃を阻止し、多数の民間人の避難を助けたことを著者は高く評価している。
樺太戦は真岡以外でも無辜(むこ)の民の犠牲者を多数出した。西海岸の恵須取(えすとる)から東海岸の内路(ないろ)へ向かう避難民の列へのソ連機による銃撃。大泊(おおどまり)から小樽へ向かう避難民を満載した船舶3隻へのソ連潜水艦からの雷撃と銃砲撃などだ。
南樺太と北千島・占守(しゅむしゅ)島での日本軍の勇敢な戦いはスターリンの「北海道北半分占領」の野望を打ち砕くものだったと著者は解している。(藤村建雄著/潮書房光人社・3500円+税)

dotjke32690さん

2017/8/1412:32:23

sandcatromeoさんから中国の「臓器狩り」の話が出たのでそれに関連することをコメントしたい。

中国の「臓器狩り」は医療でなく産業だ。
これが恐るべき中国の「臓器狩り」の実態だ。
2017年1月①
■法輪功信者を消滅させよ
元中国国家主席・江沢民の号令で開始された法輪功に対する迫害は、間違いなく今世紀最大の人権弾圧の1つだ。
その範囲は中国大陸に留まらず、台湾、香港など法輪功信者が多く居住する国や地域、その他欧米諸国や東アジア、東南アジア各国など、中国大使館や領事館のある場所ならどこにでも広がり、信者のみならず、その家族や縁者らに対する嫌がらせが続いている。
規模だけではない。世界に冠たる拷問文化の国柄だけに、中国共産党政府による迫害の種類と手段は、実に多岐多様にわたる。軍や警察、諜報機関などを駆使し、信仰を放棄しない者に対しては長時間に及ぶ殴打、電気ショック、集団による性暴力、薬物強要、過酷な強制労働、睡眠剥奪、言葉による侮辱や脅迫等々、およそ考え得る全ての方法を総動員して転向を迫る。
しかし、中でも突出して凶悪かつ仮借ない迫害が、昏睡状態にした信者の生体から心臓、肝臓、腎臓、角膜などの主要臓器・器官を盗み取る「臓器狩り」の蛮行である。
法輪功に対する本格的な迫害が開始されたのは、1990年代の終盤に遡る。この頃、法輪功の信者はすでに7000万人を突破し、中国共産党の党員数を凌駕していた。
1999年4月、天津での信者不当逮捕を受け、法輪功のメンバー約1万人が中南海を囲んで無言の抗議行動を起こした。これに脅威を感じた当時の最高指導者・江沢民は、1999年7月20日、法輪功に対する殲滅作戦の開始を宣言する。
「3カ月以内に法輪功を消滅させよ」
「肉体を消滅させ、名誉を失墜させ、財力を奪え」
警察により拘束された法輪功信者が残忍な拷問を受けたうえで人体実験に利用されたーなどの例は、すでに2000年代初頭から聞こえていたが、「臓器狩り」が事実として浮上してきたのは2006年4月のことだった。
■ある女性の告発
移植認可病院である遼寧省の蘇家屯(SOKATON)医院で夫が医師として働いていたという「アニー」と名乗った中国人女性が、ワシントンDCで開かれたシンポジウムで衝撃的な証言を行ったのである。彼女自身も病院の職員として長年勤務していたという生々しい体験談は、聞く者を戦慄させた。
彼女の夫は2年余りの間に2000件ほどの角膜摘出手術を行い、そのたびに月給の何十倍もの現金が支給されていたという。角膜だけではない。心臓、腎臓、肝臓、肺臓・・・・・目ぼしい臓器を抜かれて空洞同然となった法輪功信者の遺体は、そのままボイラーに放り込まれて次々焼却されていった。
中国「臓器狩り」の闇
2016年01月17日 17:41
http://blog.livedoor.jp/nomuhat/archives/1050098017.html
*目撃者による証言
キルガー:(蘇家屯医院で)実際には何が起こったのですか。まず食糧の調達量が増え、それから手術器具が増えたのでしょうか?
アニー:(略)領収書を見て、購入する食糧が急激に増えていることに気づいたのです。それに加えて、物資担当の人たちが法輪功信者が拘束されている場所に食料を届けていました。
キルガー:法輪功信者が拘束されていた場所は地下の施設だったのでしょうか?
アニー:病院の裏庭です。(略)何カ月かしたら、食料や他の備品などを購入する量が減ってきました。
キルガー:それらの量が減ったのはいつですか?
アニー:四ヵ月後か五ヵ月後です。
キルガー:2001年の終わりですね?
アニー:はい。
キルガー:(略)そこには何人くらいいたと思いますか?
アニー:法輪功の食料を調達して届ける係の 責任者から聞いた話では、「大体5000人から6000人は拘束されていたそうで す。そのころ中国各地で、たくさんの公安局や病院が法輪功信者を拘束していました。病院で働く人の多くは法輪功信者ではありません。私も違います。(略)
離婚した彼女の当時の夫は、この病院に勤務する医師だった。
アニー:最初のうちは、元夫も(略)法輪功の信者だとは知りませんでした。彼は脳神経外科医です。角膜の摘出をしていました。そして2002年になって、自分が手術しているのは法輪功信者だと気づいたのです。うちは臓器移植専門の病院ではないので、ただ摘出するだけでした。(略)
キルガー:手術される人たちは、生きていましたか。それとも死んでいましたか?
アニー:通常、そういった法輪功信者たちは、心臓麻痺が起こるような薬品を注射されていました。そして手術室に運ばれ、臓器を摘出されます。注射のせいで心臓は止まっていますが、脳はまだ機能しています。(略)
キルガー:あなたの元夫は角膜を摘出した。手術の後、角膜を取られた人たちはどうなったのでしょう?
アニー:他の手術室に運ばれていきました。心臓、肝臓、腎臓などを摘出するためです。夫はある手術で他の医師と一緒になったときに、彼らが法輪功の信者だということを知ったそうです。それから、彼らが生きたまま臓器を摘出されるということや、角膜だけでなく他の臓器も取られるということも、おなじ時に知りました。
キルガー:他の臓器の摘出は他の手術室で行っていたのですよね?
アニー:後になって、医師たちが共同で作業するようになり、それからは一緒に手術を行うようになりました。最初のうちは情報が漏れるのを恐れて、臓器ごとに摘出する医師と手術室を変えていたのです。でも後になって、お金が入るようになると、もう何も恐れなくなりました。おなじ部屋でさまざまな臓器を摘出するようになったのです。(略)うちの病院で手術された信者は、腎臓や肝臓などの臓器が摘出され、皮膚が剥がされると、後はもう骨と肉ぐらいしか残りません。そういった遺体は、病院のボイラー室に放り込まれました。
アニーの元夫は、2年ほどのあいだに2000人ほどのドナーから角膜の摘出手術をおこなった。そのたびに月給の何十倍もの現金が支給され、彼女の元夫は通算で数十万ドルの現金を手にしていた――とアニーは言う。
角膜以外に摘出される臓器は、心臓、肝臓、腎臓が多かった。たとえば肝臓なら、摘出された臓器は約20万元(約300万円)でレシピエント(患者)に移植されていた。
彼女の証言を皮切りに、中国共産党の悪魔の所業である「臓器狩り」の実態調査に乗り出したのが2人のカナダ人、デイビッド・マタスとデイビッド・キルガーだった。
マタスはカナダで人権派弁護士として知られ、民間に与えられる最高栄誉であるカナダ勲章を受章した法曹界の大物。一方のキルガーは、弁護士資格を持ちながら国会議員も務め、アジア太平洋担当大臣などの要職を歴任した政界の重鎮でもあった。
直ちに行動を開始した両名は、主に調査官によって証拠を集めた。そして2006年7月に最初の調査報告を、2007年1月に2度目の調査報告書を提出した。彼らが入手したデータを元に、法理論を駆使して得た結論は、1度目も2度目も同じだった。
「法輪功信者に対する組織的な臓器狩りは確かに行われ、そして現在も続いている」
移植手術を希望する中国人患者たちの間で、法輪功信者の臓器はとりわけ歓迎されるという。彼らは同じ民族であるうえ、信仰上の理由から酒もタバコもやらずに健康的な生活を送っているので、臓器源として極めて優秀なのだ。
2人のデイビッドによる調査結果は、2009年、『Bloody Harvest』(邦題=中国臓器狩り、アスベクト刊)として1冊にまとめられた。そしてこの調査報告が、中国で行われている臓器売買の事実を世界に伝播し、各国のメディアを動かしたのである。
結果、2008年にはイスラエルで最初の臓器移植法が成立して、移植手術のための中国への渡航が禁止となり、国際移植学会が臓器売買と移植ツーリズムの禁止を求めた「イスタンブール宣言」を採択。2010年にはスペインが移植ツーリズムと臓器売買に対応できるように刑法を修正し、2015年には台湾が人体移植に関する法改正を行って事実上、中国大陸への移植渡航を禁止した。

ckfbei64518さん

2017/8/1412:30:14

sandcatromeoさんから中国の「臓器狩り」の話が出たのでそれに関連することをコメントしたい。

中国の「臓器狩り」は医療でなく産業だ。
これが恐るべき中国の「臓器狩り」の実態だ。
2017年1月②
■年間6万~10万件の移植
そして、世界を震撼させた2006年レポートからちょうど10年目の2016年は、中国「臓器狩り」問題に関し、再びエポックメイキングな年となった。
2016年6月13日、米下院議会は「移植臓器販売の目的で宗教犯、政治犯を殺害することは、言語道断な行為であり、生命の基本的権利に対する耐え難い侵害である」として、「全ての良心の囚人からの臓器狩りを即刻停止することを中華人民共和国政府と中国共産党に要求する」などの条文を含む、6項目の決議案343号を採択した。
さらに2016年6月22日には、「中国臓器狩り」の両デイビッドが更新した新たな調査結果に、独自のルートで調査を進めていたシカゴ生まれのロンドン在住ジャーナリスト、イーサン・ガットマンが加わり、共同で最新報告書を発表する。
現在3人は、680ページ(脚注2400)に及ぶこの最新調査報告書を携え、世界中を回って「今なお続いている迫害」の現状を訴えている真っ最中だ。
厳重に秘匿されている中国の臓器移植手術の提供源や周辺事情を調査するにあたって、両デイビッドが採用した調査方法は、電話による抜き打ち取材だった。2015年9月から2016年6月の約10ヵ月間にわたり、調査員を雇って患者家族を装い、移植認可を受けた中国国内169の病院に電話を掛け、病院の施設状況や手術内容を直接聞き出す方法だ。
さらには、ネット上にある各病院のウェブサイトや刊行物なども参考にしながら、病床数、利用率、職員数、助成金・賞与などの詳細事項も調べていった。その結果、驚くべき事実が判明するのである。
中国当局が公式にアナウンスしている年間の移植手術数は「約1万件」だが、実際にはこれより遥かに多いことが分かったのだ。
移植設備のあるこれらの国家認定レベルの病院は、稼働率が軒並み100%を超え、患者1人当たり1ヵ月を入院期間と想定すると、例えば病床数500、稼働率130%の天津第一中心病院では年間約8000件近い手術が行われていることになる。
このようにして調査していったところ、中国における臓器移植件数は年間6万件から10万件に及ぶことが判明した。公式発表の実に6倍から10倍である。
■見て見ぬふりをする者たち
マタス、キルガーの両デイビッドは、最新状況の報告のためオーストラリア、ニュージーランドを歴訪した後、2016年11月30日に東京入りした。
到着当日、法輪功信者に対する迫害と臓器狩りの事実を扱った映画『Human Harvest』(邦題=人狩り)の上映会に出席した2人は、翌2016年12月1日、参議院議員会館で開かれた報告会で、列席した国会議員やマスコミ関係者らを前に最新事情の報告と質疑応答を行った。さらに翌2016年12月2日には、文京区のシビックホールで一般聴衆を招いてシンポジウムを開催した。
両紙が筆者とのインタビューに応じたのは、文京区のシビックホールで開かれたシンポジウムの後だった。

ーー「臓器狩り問題」は、中国政府にとっても最も知られたくない”不都合な真
実”だ。調査は困難を極めたと思うが?
マタス
現場に立ち会った者は加害者か犠牲者であり、傍観者はいない。犠牲者は絶命し、跡形も残らないように焼却される。犠牲者はまるで神隠しにあったように地上から姿を消し、加害者である医師や警察が自らの魔の行いを告白するはずもない。

ーーしかし、だからと言って、中国の公式発表を鵜呑みにすることはできない。
マタス
もちろんだ。中国当局は当初、移植医療の成果と技術の高さを誇るため、大袈裟な数字を発表していた。ところが、世界から「臓器狩り」に疑惑の目が向けられると、今度は非常に控えめな数字を言い始めた。そこで我々は中央の当局に当たるのではなく、全国各地で移植手術を行っている病院に直接アプローチする方法に切り替えた。
中国政府は、料金表や待機時間の短さなど、臓器移植ツアーを宣伝するウェブサイトを次々に消去するなど隠蔽工作に力を入れているが、個々の病院はまだそれほどでもない。電話で問い合わせると、ある意味、正直に商売気を出して詳細な情報を伝えてくる。

ーー中国当局は、移植臓器の供給源は死刑囚だと説明しているが?
マタス
中国の法律では、死刑囚からの臓器摘出は許容されている。中国は世界最大の死刑大国だが、その数は国家機密であり、公表されていない。しかし、一般には「年間数千人」と言われる。これが事実とすれば、我々の割り出した年間の移植件数と全く釣り合わない。

ーー最新報告では臓器移植件数は「年間6万から10万件」ということだが、では残りの5万件以上の臓器はどこから来るのか?
キルガー
「良心の囚人」からとしか考えられない。中でも最大多数を占めるのが、囚われた法輪功信者であることは間違いない。我々の調査員が中国全域の病院、拘束施設他に電話を入れ、家族に移植が必要だが、法輪功の臓器は販売されているのかーと問い合わせた。
多くの病院が、法輪功信者を臓器源としていることを認めた。他に、政治犯として捕らえられたチベット人、ウイグル人、あるいは中国家庭教会のクリスチャンも犠牲になっているという報告がある。が、とにかく法輪功信者が他を圧倒していることは疑いようがない。

ーー中国政府は、なぜそれほど執拗に法輪功を弾圧するのか?
キルガー
歴史上、特定の宗教集団に対する弾圧や迫害は、そのほとんどが独裁政権によるものだった。信仰は独裁者以外への忠誠心を引き起こすため、独裁政権は自分たち以外の宗教を毛嫌いする。中国共産党の独裁政権は全ての宗教と敵対する姿勢を取っており、このことが法輪功への迫害の第1の理由となっている。そして、迫害は現在なお続いている・・・・・。
しかしーとマタスは嘆く。
「臓器収奪のための信者大量殺害という俄かには信じ難い邪悪な犯罪が現在進行形で続いているというのに、そして、その確実な証跡が確認されているというのに、この驚愕の事実に対する世界の反応は全く釣り合っていません」
マタス氏によれば、世界の中国研究者、政治家、ジャーナリストがこの重大犯罪に関心を寄せないのは無知からくるものではないという。中国政府との間に波風を立たせたくない、既得権益を失いたくない、そして新たな利得の機会を失いたくないがゆえの、極めて消極的かつ打算的な理由によるものであるというのだ。

アメリカ合衆国下院605号決議案、中国共産党による法輪功への迫害の即時停止を要求
2010年3月18日
http://jp.minghui.org/2010/03/18/mh213516.html

米下院343号決議案全会一致で採決「中国共産党の臓器狩り即時停止を求める」 2016年06月15日 -
http://jp.ntdtv.com/news/15930/%E7%B1%B3%E4%B8%8B%E9%99%A2%EF%BC%93...

中国共産党の犯罪 四
法輪功学習者に対する残虐行為
http://dadao.kt.fc2.com/fanzui04.htm

■約120人に聞き取り
そして今回、最新調査報告書を作成するにあたって新たな報告者として加わったのが、ユダヤ系アメリカ人ジャーナリスト、イーサン・ガットマンだった。
ブルッキング研究所、自由議会財団など、ワシントンのシンクタンク勤務を経た後、フリーランスのジャーナリストとなったガットマンは中国問題に関心を寄せた。
そして北京滞在中の1999年7月の天安門広場で、江沢民により「邪教」として非合法指定された法輪功信者の一斉摘発に遭遇するのである。老女を含む無防備の市民が多数、警察によって無理矢理バスに押し込まれ、強制的にどこかへ連行される現場に立ち会った。
道に迷った観光客を装って一部始終を目撃したガットマンは、「自分の中のユダヤ人の血が騒いだ」という。この問題が間違いなく中国最大級の社会問題になると確信した彼は、本格的な取材活動を開始する。
この時期、全国の強制労働所が猛烈な勢いで拡大され、50万人から100万人の法輪功信者が送り込まれたと推定される。ガットマンは釈放された信者たちを中心に、国外へ逃亡した中国人の関係者に可能な限りの面会を求め、聴き取り調査を行った。
その数、8年間で約120人。強制労働所の中では、信者たちが信仰を棄てるよう強要され、転向を拒否した者には苛烈な拷問が待っていたという。そして、彼らが必ず定期的な血液検査を受けさせられていたことも知る。
やがて、ガットマンは悟るようになる。この裏には巨額の金が動いている。

bsoney38417さん

2017/8/1412:28:14

sandcatromeoさんから中国の「臓器狩り」の話が出たのでそれに関連することをコメントしたい。

中国の「臓器狩り」は医療でなく産業だ。
これが恐るべき中国の「臓器狩り」の実態だ。
2017年1月③
■臓器摘出した医師の告白
数ヵ国での面接調査も佳境を過ぎ、ロンドンに戻ったガットマンは英国議会で一般市民を交え、中国での法輪功弾圧と、臓器狩りの可能性に関しての報告会を開いた。
「無実の罪で捕われた法輪功信者は暴力で拘束された。そして転向を拒んだ信者は処刑され、臓器を取り出されている。この裏では巨額の金が動いている可能性がある。摘出された臓器は、人体売買の市場に供出されているかもしれない・・・」
中国での調査結果を報告している途中、会場からさっと1本の手が挙がった。
「その手術を私がやりました」
そう発言して会場を驚かせたのは、新疆ウイグル自治区出身のウイグル人医師、エンバー・トフティだった。
1986年に医師免許を得たトフティはウルムチ市の中央鉄道病院でおよそ10年間、外科医を務めていた。欧州に移住する直前、1995年の出来事だった。病院の中で野外手術の特別チームが組まれ、トフティもその一員に選抜された。そして、銃殺刑の現場に立ち会わされたのである。
「通常の銃殺刑では、死刑囚の左胸を狙って銃弾が撃ち込まれますが、この時はなぜか右胸を狙って弾が撃たれました。つまり心臓が動いており、囚人はまだ生きていたのです。その生きたままの生体から素早く肝臓と腎臓を取り出すよう、上司から命じられました。上司は摘出された臓器を特殊な箱に入れてどこかに運んでいきました」
トフティは、現場状況をそのように語った。
しかし中国にいた時の彼は、良心の呵責を感じることは全くなかったという。それが、西洋社会に移住してトフティの価値観ががらりと変わった。
「自分が途轍もない罪を犯していたことに、遅ればせながら気づいたのです。何年も罪の意識に苛まれる日々を送りました」
ガットマンによる報告会があるのを知ったのはそんな頃だった。
両デイビッドよりひと足早く2016年10月半ば、トフティはガットマンとともに来日し、中国政府によってウイグル地域で行われている核実験被害を訴えるシンポジウムに出席していた。
以下は、シンポジウムの後、筆者との間で交わされたインタビューの一部である。
■同じ人間と思っていない
ー核実験の被害同様、ウイグルでは人体実験の被害も深刻だ。
トフティ
1964年10月、ウイグルのロプノールで最初の核実験があって以来、46回の実験が行われた。半分は地上で、半分は地下で実施された。これによって深刻な環境汚染と健康被害がもたらされ、多くの奇形児が生まれた。
核だけではない。1980年代には生物化学兵器の実験が行われ、1990年代からは移植手術のための臓器狩りと人体実験が始まった。

ーつまり、法輪功信者に対する臓器狩りより早く始まった?
トフティ
間違いない。初期の人体実験はウイグルでスタートしたと考えられる。ここで実験を繰り返して技術を磨き、2000年代に入って法輪功の豊富な臓器源を得ると、「移植手術のための素晴らしい技術と設備」を謳った、まるでリゾートホテルのような病院の広告をばら撒き始めた。

ー彼らは、なぜそうも残忍になれるのか?
トフティ
我々が異民族、異教徒だからだ。中国政府は我々を同じ人間だと思っていない。異人種であり、蛮族の土地だと思っているからこそ、放射能で汚染しても臓器を掠め取っても平気でいられるのだ。
ガットマン
1990年代の半ばより、ウイグルでは処刑場で手術用のワゴン車を見かけることが日常的になったという。老い先短い共産党の老幹部の生命を救うため、無辜の若者が次々と犠牲になっていったのだ。そして儲けた金で彼らは自分の子供や孫をアメリカに留学させ、最高レベルの教育を受けさせている。

ー海外からの移植ツーリズムが始まったのは、いつ頃からか?
ガットマン
2005年前後であると思う。この頃には、年間で6万から10万件の手術が可能な移植センターが各地に整った。手術を受けに海外から患者が訪れると、通常はおよそ2週間で適合する臓器が見つかるという。移植医学界の常識ではあり得ないことが、中国では起こっている。
つまり、これは医療ではなく産業であり、移植ビジネスであるとしか言いようがない。その後、中国医学界は「今後、移植手術は自発的なドナーから提供されたものだけに限る」と発表したが、これも言葉だけだった。

イーサン・ガットマンは世界各国に散った関係者を探し、面会を求めた。元大臣、強制労働所の所長、警官、強制労働所を経験した法輪功信者、ウイグルやチベットの少数民族、そして中国の医療関係者や法律家・・・。約120人の関係者に直接取材した彼のレポートは、2014年、『The Slaughter』(虐殺)として1冊にまとめられ、アメリカで出版された。
マタス、キルガーの両デイビッドの著書との違いは、ウイグルとチベットの少数民族への言及と取材がなされていること、そして法輪功信者を含め、より多くの生の声を拾い上げていることだろう。

東トルキスタンで行われた核実験について トフティ出演の動画あり
投稿日: 2013年05月12日
http://uyghur-j.org/japan/2013/05/%E6%9D%B1%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82...

ウイグルでの中国の核実験
https://www.youtube.com/watch?v=BPDLtFyuLCw

Google Earthの旅 核実験場 ロプノール一帯と謎の地上絵
https://www.youtube.com/watch?v=QrlpMvNZ0Lg

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