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杉山清貴って当時、そんなに脚光を浴びた歌手なのでしょうか。

亮太郎さん

2017/8/2122:16:53

杉山清貴って当時、そんなに脚光を浴びた歌手なのでしょうか。

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92558さん

2017/8/2123:36:48

杉山清貴&オメガトライブは、1983年4月、藤田浩一さんというプロデューサーのもと、『オメガトライブプロジェクト』の一環としてメジャーデビューしました。

1985年12月、プロデューサーとメンバーの考え方、方向性の違いにより解散しました。

その間に発売したシングル、アルバムは売れたと思います。

杉山清貴さんはその後、1986年5月にソロ転向し、初期の頃はオメガトライブの音楽性をある程度引き継いだ曲調だったと思います。

多分レコード会社を移った頃からだと思いますが、作られたオメガトライブの音楽ではなく、杉山清貴さん自身が本当にやりたい音楽へと変わっていった辺りからコアなファンだけが残った感じがします。

その頃からベストテンや夜のヒットスタジオなどの音楽番組もなくなり、杉山清貴さんはご家族とともにハワイで生活していたのもあってそれまでよりメディアへの出演が減ったのだと思います。

現在は日本で暮らしています。ライブも規模の大小に関わらずされていますし、CDも出しています。

杉山清貴&オメガトライブは、短期間にあの時代を象徴するようなシティポップスで名をはせたバンドとして脚光を浴びたと言って良いと思います。

私は今でも聴いています。

質問した人からのコメント

2017/8/23 08:10:26

回答ありがとうございました

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zan********さん

2017/8/2122:49:23

オメガトライブ時代は脚光あびましたねえ。
『君のハートはマリンブルー』
『ふたりの夏物語』
『サイレンスがいっぱい』
なんとなく題名で雰囲気わかるでしょ。
甘い青春の香りがする曲調でしたな。
でも2~3年で解散。

ソロになって、
1発目『さよならオーシャン』が
かなり売れましたが、
その後は飽きられたというか、
バブル突入で甘い青春どころでなくなったというか。

でも、好きでしたよ。
今でもカラオケで歌わしてもらってます。

naz********さん

2017/8/2122:44:51

良く歌ったなぁ〜
♫オンリーユー君に囁やくメモリー
いい歌だ

maf********さん

2017/8/2122:41:34

杉山清貴&オメガトライブかなり人気がありました。
「ふたりの夏物語」など
ソロでも「さよならオーシャン」などヒットしましたね。
そのわりには後にあまり評価されてないのは少し寂しく思います。

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