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宗教の力で病気や怪我が治った方は、 本当におられますか?

qw_********さん

2017/8/3018:43:43

宗教の力で病気や怪我が治った方は、
本当におられますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

bon********さん

2017/8/3114:50:39

天疱瘡、これを検索してください。
難病の一つです、治療法は確立されていません。
私の女房がこの病に侵されました。頭から足の先まで
包帯を巻いている状態で、痛みに耐える無残な状態で
した。その時期は、正信会に所属して日蓮正宗を批判
する側に所属していました。
日蓮正宗法華講に入構して懺悔の日々を送った訳ですが、
今ではほとんど症状はでません。しかし信心を怠けると、
ポツポツと手、足、口の中に出てきます。完治していな
いのです。私達夫婦には、恐怖の瞬間です。
信心により治まっているという事でしょう。

質問した人からのコメント

2017/9/5 20:43:27

ありがとうございます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

are********さん

2017/8/3109:01:15

主は、近代の啓示で予言者ジョセフスミスに次のように告げています。

「あなたがたの中のだれかが病気で、癒される信仰はないが主を信じているならば、やさしさの限りを尽くし、薬草と柔らかい食物によって養われるようにしなければならない・・・。また、教会の二人の又はそれ以上の長老を呼んで、わたしの名によってかれらのために祈り、彼らに按手をするようにしなければならない。もしも彼らが死ぬならば、彼らはわたしのために死ぬのであり、また生きるならば、わたしのために生きるのである・・・わたしによって癒されるという信仰を持っていて、死に定められていない者は、癒されるであろう。見る信仰を持つ者は、見るであろう。聞く信仰を持つ者は、聞くであろう。足の不自由な者で飛び跳ねる信仰を持つ者は、飛び跳ねるであろう。また、このような信仰は持たないが、それでもわたしを信じる者は、わたしの子となる力を持つ。」(教義と聖約42:43~52)

使徒ヤコブは次のように教えています。

「あなたがたの中で、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老達を招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。信仰による祈りは、病んでいる人を救い、そして主はその人を立ち上がらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それも許される・・・義人の祈りは、大いに力があり、高価のあるものである。」(聖書 ヤコブの手紙5:14~16)

癒しの実例は、旧約聖書、新約聖書の時代だけでなく、近代にもいろいろあります。また現代でも種々あります。この賜物は、主を信ずる人たちに備えられています。私の経験では、子供らの抵抗力を増すために必要な病は、祝福を授けてもすぐには癒されませんでした。しかし、緊急性のある症状の場合には、すぐその癒しの効果がありました。すぐに癒される場合もあれば、徐々にいやされてくる場合、また癒されない場合なども。また、霊的成長のため、その人が、その経験を必要としている場合などの時にはすぐいやされません。私たちの理解できない、主の御心がある場合があるようです。まさに、癒されるのは、主の御心によります。

<カウリー長老>

マシュー・カウリー長老が、ニュージーランドでマオリ族の人々の伝道部会長だったときに、ある日曜日に次のような経験をしました。ある父親は、9ヶ月の赤ん坊を彼のもとに差し出し、子供に命名と祝福を授けるよう頼みました。

「わたしは、『わかりました。名前は何ですか?』とたずねると、父親は子供の名前を教えてくれました。わたしが祝福を始めようとすると彼は『ちなみに、命名をするときに息子の目が見えるようになるよう祝福してもらえませんか。息子は生まれたときから目が見えません』と言いました。わたしはその言葉に驚かされましたが、ぜひそうしようではないか、と自分に言いました。キリストは、弟子たちのもとを去る際に、弟子たちが『もっと大きい業をするであろう』と言われました。

わたしは、その父親の信仰に対して信仰がありました。わたしがその子供に命名すると、ついに目が見えるようになるよう祝福するときが来ました。その男の子は今では12歳くらいになります。わたしが最後にその地を訪れたときに、その男の子について尋ねるのをちゅうちょしました。わたしは、きっとその子はまた目が見えなくなっているだろうと思いました。わたしの信仰は、ときにそのようなものでした。しかし、わたしは支部会長にその男の子についてたずねました。支部会長は『カウリー兄弟、あなたがかつて行ったことの中で最悪なことは、あの子の目が見えるように祝福したことでした。彼は近所でも一番意地悪な子ですよ。いつも悪さをしています!』と言いました。まったく、わたしは彼が悪さをしていると聞いて感動しました!」Miracles, Brigham Young University Speeches of the Year (5 Apr. 1966, rebroadcast from a speech delivered 18 Feb. 1953), 9

<ロレンゾ・スノー長老>
1843年イギリスでの伝道を終え,イギリス人の教会員の移民団(彼らは後のアメリカ西部開拓者達となった人々でもある。)をアメリカノーブーへ引率したときのスノー長老のできごと,彼の日記からの引用
「わたしは250人から成る一団を預かった。その多くはわたしの親友で,わたしが教え導いたことにより主と聖約を交わしていた。友人に囲まれて大西洋を再度横断する今回の旅は,2年半前の一人旅に比べればはるかに恵まれたものだった・・・わたしは(聖徒)を呼び集め,全員の承諾を得て,分隊と班を組織し,それぞれにふさわしい長を任命し,移民団を統括するための規範を定めた。何人もの大祭司,そして30人ほどの長老がいるということが分かった。わたしは長老たちの多くが,だれかに命じられるまでもなく,少しでも貢献し・・・・たいと強く望んでいること・・・を知っていた。そこで,彼らがどのように行動すればよいのか,わたしの方で調整したほうが無難だろうと判断した。したがって,わたしはできるがきり多くの神権者を何らかの役目につかせ,その全員に責任を持たせた。移民団の全員が毎晩祈るために集合した。わたしたちは週に2回説教をした。日曜日には集会を開き,聖さんにあずかった。
船長は,わたしとしては友好的な関係が築けたらと思っていたのだが,無愛想で打ち解けにくい人だった。・・・わたしたちに対して偏見があることは容易に見てとれた。航海が始まってから約2週間がたったが,その間,さしたる大きな問題が起こることもなく,海上での日常的な生活が過ぎていった。そんなある日,次のようなできごとが起こった。船長の下で給仕係として働いていた若いドイツ人男性が瀕死の重傷を負う事故に遭った。きわめて品行方正,まじめで堅実,いくつもの航海で船長とともに働いた青年であり,船長,航海士,船員から大変気に入られていた。また聖徒も彼に対しては心からの親しみを感じていた。そんなわけで,瀕死の状態を見て・・・・乗船していた人は皆深い悲しみを覚えた。口から血を吐き,激しいけいれんや発作も起きていた。いろいろと手当てをしたが,そのかいもなくとうとう命を取り留める望みはすべて断ち切られた。船乗りたちは船長から,就寝前に,一人ずつ船室に入り,別れのあいさつをするように言われた。つまり,翌朝生きて彼に会えるという望みはまったくないという意味だった。船室から出て来るときに,大勢の人たちが目に涙を浮かべていた。青年のベッドのわきで一人で座っていたマーティン姉妹(乗船していた末日聖徒の一人)は,わたしが神権の祝福を施せば,もしかして癒されるかもしれないと心の思いを話して聞かせた。これを聞いて,彼はうれしそうにそうしてほしいと言ったのである。その知らせを耳にしたとき,わたしはすでに床についていた。夜の12時ぐらいだった。わたしはすぐに起きて船室へと向かった。その途中で,たった今彼に会ったばかりの副船長に会った。わたしとすれちがったその後で,彼はステインズ兄弟に会い,スノー氏が給仕係の頭に手を置きに行ったと告げた。そのとき副船長は悲しそうな口調で次のように付け加えた。『しかし,何をやっても無駄だ。かわいそうだが,もう彼はおしまいだ。』ステインズ長老はこう言った。『主は按手を通じて彼を癒す力をお持ちです。』この船乗りから次のような素直な言葉が返ってきた。『ほんとうかい?』
わたしはさらに進み,船室のドアの前で船長に会った。泣いていたようだった。彼はこう言った。『スノーさん,来てくれてありがとう。しかし,もう無駄です。給仕係はもうすぐ死ぬでしょう。』わたしは部屋に入り,彼のベッドのそばに座った。息づかいは非常に荒く,死期は迫っているように見えた。大きな声で話すことはできなかったが,神権の祝福をしてほしいという彼の思いは伝わった。彼にはドイツのハンブルグに彼の経済的な支えを必要とする妻と二人の子供がいるということだった。彼は家族のことをとても心配しているようだった。
わたしは彼の頭に手を置いた。すると神権の祝福が終わるやいなや,彼は起き上がってベッドの上に座ると,両手を打ちたたき癒してくださった主を大きな声で賛美した。彼は直ちにベッドから立ち上がると船室から外に出てデッキを歩き回った。
翌朝,給仕係が生きているのを見て,皆,仰天した。また,いつものように仕事ができるようになった彼の姿を見て驚いた。船乗りたちは全員が口をそろえて,これは奇跡だと断言した。聖徒たちも彼が回復したことは奇跡だと知っていたので,喜び主を賛美した。船長はこの奇跡を堅く信じ,深く感謝した。それからというもの,船長の心はわたしたちの心に結びついた。彼はわたしたちのためにあらゆる便宜(べんぎ)を図ってくれた。常にわたしたちの必要と不足を心にかけ,教会の集会にはすべて出席し,教会の書籍を買って読んでくれたのである。船乗りたちも同様でだった。彼らはニューオリンズ〔ルイジアナ州〕で別れるときには,バプテスマを受けると約束した。それから1年がたって,わたしは副船長から1通の手紙を受け取った。その手紙には船乗りたちが・・・約束を果たしたと記されていた。船長も将来いつか福音を受け入れ,聖徒とともに住むことを宣言した。あの給仕係はニューオリンズに到着した時点でバプテスマを受け,別れるときには,わたしに新しい聖書をプレゼントしてくれた。その聖書をわたしは今でも保管している・・・船乗りの中には,わたしたちが「スワントン号」に最後の別れを告げるとき,涙を流す人が何人もいた。実際,わたしたち全員が非常に厳粛な思いになった。」
彼らは1843年4月12日にイリノイ州のノーブーへと到着した。

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