ここから本文です

群馬県の渋川市赤城町棚下の藤屋のものです。藤屋は、昔旅籠屋と酒屋をしていまし...

yocchi_512さん

2017/9/714:00:05

群馬県の渋川市赤城町棚下の藤屋のものです。藤屋は、昔旅籠屋と酒屋をしていました。築200年以上の歴史がある建物です。かつて、清水峠の新道の開通式に西郷隆盛の弟の西郷従道や北白川宮能久

親王や第3代内閣総理大
臣の山縣有朋さんらが御少憩したと言われています。家には、その方々の名前が入った木の看板があります。〔北白川宮能久親王の看板はないが吉井宮内大輔さんの看板がある〕しかし、県立図書館の資料には清水峠の記述はあるが御少憩の際の西郷従道の名前はありません。藤屋には、昔の土壁で作られた「諸國 商人 御宿泊」や「諸講社 御定泊 や開に丸のマーク」の看板が2つあります。これらの看板は、主にどんな意味を持ったり、どんな人達を宿泊させる旅籠屋だったんでしょうか?
また、この建物は、古く、市の方から撤去の指示がでています。どうすれば、文化財に登録されるのか、また、十分価値のある建物と言えるのでしょうか?
質問は、1 木の看板から西郷従道は、藤屋に御少憩したと言えるのか?
2 土壁で作られた看板はどんな意味やどんな方々を泊まらせていたのか?
3 全国的に見て十分価値のある建物と言えるのかまた、文化財に登録されるにはどうすればいいのか?
その他に藤屋に関して詳しい事があればなんでも教えてください。よろしくお願いします。初質問でわからない事だらけですが、よろしくお願いします。

閲覧数:
87
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

jbic00さん

2017/9/716:12:09

知恵袋には似非専門家しかいませんので、どこかの大学の研究室にご相談されたらいかがでしょうか。あるいは郷土史会、建築学会などでも、適当な専門家に繋いでくれると思います。

この質問は投票によってベストアンサーに選ばれました!

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問や知恵ノートは選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。