ここから本文です

「蛇の道は蛇」と「餅は餅屋」との使い分けについて知りたいです。

ake********さん

2017/9/209:40:24

「蛇の道は蛇」と「餅は餅屋」との使い分けについて知りたいです。

1980年代は「性別適合手術」がまだ日本国内では正当な医療行為としては承認されていなかった時代ですが、当時でも、新宿などに今でいう「ニューハーフ・バー」に類するものはあり、「ゲイバー」と名乗っていました。同性愛と性同一性障害との区別もまだ精神医学上はっきりついていなかった時代だったので、ゲイバーのスタッフには、男性同性愛者であることを自分の「売り」にして、女装して客にサービスすることでそのことを誇示しているタイプの人と、現在なら性同一性障害のMtFと分類されるような人で、普通の会社に就職できないため、やむをえずそういう特殊接客業に生きる場を見いだしているような人とが混在していました。

後者の類型の人は、性転換手術(「性別適合手術」のその当時の呼び方)へのあこがれが強く、日本ではそれをしてもらえないために、いろんな伝手を頼ってシンガポールへ渡航して、そこの病院で手術を受けてくるという例が多くありました。

私は、そういう世界の話をセミ・ドキュメンタリー小説として書くにあたって(地方の同人雑誌レベルの作品でしたが)、今なら性同一性障害と呼ばれるであろう19歳の素人の主人公が、ゲイバーのスタッフから「性転換手術のしてもらえるルートだって紹介してあげられるわよ」と言われて、その話に乗る場面を描いたのですが、次のように「本人の告白」の形で文章化しました。

(以下引用)
ご存じのように、日本では、たとえ本人が望んでも、特に病気でもない男性の生殖機能を除去する手術は禁止されています。しかし、外国ではそれの許されている国もあり、日本人でも、そういう国に行ってその手術を受けて帰ってくるぶんには、何も咎められることはないのです。そして、「蛇の道は蛇」という諺のとおり、こうしたゲイのグループの人たちというのは、そういう手術を受けるための旅行のお膳立てを全部やってくれるようなルートを、ちゃんと知っているのです。
その時までの私は、女性の服装をすることを楽しんではいても、肉体まで改造するということは、ほとんど考えてもいませんでした。そうした手術があるという情報は知っていましたが、おいそれと自分の手の届く範囲にそんな可能性が開けてくるとは考えていなかったからです。
しかし、いまこうして、突然「ルートを紹介してあげてもいい」と言われてみると、私は、噂にだけ聞いていた秘密の花園の扉を、パッと目の前に開いて見せられたような気分になって、なんだか、居ても立ってもいられないほど、強く惹き付けられるものを感じました。
小学生の頃から「なれたら素晴らしい」と思っていた憧れの「女の子」に、自分が服装で化けるだけではなく、肉体まで完全に変身できるとしたら、それは何と幸せなことか。――そう思うと、降って湧いたような可能性を前にして、私は、心がとろけるような快美感に取り憑かれてしまったのです。
(引用終わり)

さて、上の文章に挿入した「蛇の道は蛇」という諺の使い方は、これでよかったんだろうか、という疑問が、作品発表後になって、心に湧いてきました。
当時は「性転換手術」というものがたいへんアングラな世界のことだったため、「ゲイバーのスタッフが性転換手術の受けられるルートを紹介する」という場面は、犯罪すれすれのスリルに満ちた場面として描かなくてはと思って、私は「蛇の道は蛇」と書いてしまったのですが、その後、この諺についてよく調べてみると、「悪いやつのすることは、同類の悪行に手を染めている者には、よくわかるものだ」、それゆえ「泥棒を捕まえるためには、泥棒稼業のやつを配下に組み込んで捜査するのが近道だ」というのがこの諺の原意だというそうではありませんか。

そうすると、「ゲイバーのスタッフだから性転換手術の受けられるルートを紹介できる」というだけのことを表現するには、この諺は不適切で、むしろ「ものごとはその道の専門家にまかせればスムーズに行く」という意味の「餅は餅屋」のほうが適切ではなかったかとも思い、上のセミドキュメンタリー小説を再発表するにあたって、迷っています。「餅は餅屋」では、表現の迫力はなくなるのですが、内容はそっちのほうが正確です。さあ、どう考えたらよいものやら。

補足1980年代のわが国で「性転換手術」が違法な医療行為であるとされていた事情については、下のリンクを参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9C%...

閲覧数:
3,093
回答数:
9
お礼:
100枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

jij********さん

2017/9/211:20:05

結論からいうと質問者さんの使い方はよかったと思います。確かに、「蛇の道は蛇」には、後ろ暗い連中のことは、同類の後ろ暗い者がよく知っているというニュアンスがありますが、後ろ暗いといっても悪行とまでは到底いかない例にもよく使われます。例えば、営業職の者がサボって喫茶店で時間潰したり、売れない言い訳しても上司もそういう道を辿っているので「お前な、蛇の道は蛇で俺にはすぐわかるんだぞ」などと使います。また、ご質問中で諺の原意として『泥棒を捕まえるためには、泥棒稼業のやつを配下に組み込んで捜査するのが近道だ』とありますが、これは原意ではないと思います。むしろ、小説などでも「蛇の道は蛇というから、泥棒を捕まえるためには、泥棒稼業のやつを配下に組み込んで捜査するのが近道だ」使われているように原意ではなく諺を適用したセリフです。ここでは書きませんが原意は別にあるようです。それはともかく、お書きになっているように当時は、性転換手術はもとより、ゲイそのものがアンダーグラウンドでしたから「蛇の道は蛇」は妥当です。むしろ「餅は餅屋」のほうが言葉が明るすぎて似つかわしくありません。

質問した人からのコメント

2017/9/9 05:30:54

ありがとうございました。ほかに長々と力作のレスを下さった方にも大いに感謝していますが、質問そのものに直結する答えのうちで、いちばん納得する回答はjijiski633さんでしたので、こちらをベストアンサーに選ばせていただきました。

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/8件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

eur********さん

編集あり2017/9/303:15:42

多分お聞きになりたいのは、性別適合手術とそれに纏わるアテンド業やアドバイスなどについて、その「善悪」を問いたいといった事だと思いますが、、、
どうですか?

「蛇の道は蛇」と「餅は餅屋」では、全く正反対の視点から見た諺であるのは、誰にでも解る事です。
つまり貴方は初めから正反対となる様に、選択肢を用意しています。
又、敢えて補足でブルーボーイ事件を持ち出されています。
単純に演出としての文章表現を聞いている訳ではなくて、性別変更の違法性を考える様に誘導を。

わたしは、だいぶ以前にも貴方のそういった趣旨のご質問に回答しました。(現在とIDは異なります)
そしてその時に、貴方が性別移行について相当に否定的なお考えをお持ちの人だと言う事は、良く解りました。

ですがわたしは貴方のお考えには全く同意しませんでした。
それはシンプルな理由があるからです。

日本國憲法13条に示されている通り、個人の幸福追求権を侵害するからです。

ところで一つお聞きしたいのですが、貴方は今現在、どちらにお考えでした?
性別移行はするべきではないと?

根本的に、ご質問はそこ『だけ』に尽きます。
貴方がどうお考えになるかだけであって、文章上の表現については問題にもならないでしょう。
そもそも、諺や表現を問うなら「こう考えている」を示した上で、その考えにマッチする言葉で何か良いものは無いだろうかと考えます。

ですが、貴方の場合は全く逆です。

初めから答えを二つ用意した上で、そう導かれる様に式を組み立てようとしています。
つまりそれは答えを問うているのではなくて、質問を問うています。

なので、このご質問に対して額面通りにお答えするのであれば、貴方が性別移行をどう捉えるのか【だけ】と言って良いでしょう。

それから、その「小説」と事実認識については上から下までかなりの修正が必要だと思います。
事実と異なる部分が随分とある様です。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

sha********さん

2017/9/223:21:29

確信が持てないなら、比喩など使わなければよい。
無理して使う比喩は文章を固くするだけで逆効果だと思う。

ktv********さん

2017/9/215:09:31

あなたが、決めたことを悩んでいてはきりがない。
私なら、あえて、蛇の道は蛇と書きます。
理由は、性転換手術は死を伴うからです。
当時なら尚更です。
当たり障りのない言葉は、餅は餅屋です。
あなたが、「餅は餅屋」では、表現の迫力はなくなるのですが、
内容はそっちのほうが正確です。
さあ、どう考えたらよいものやらではなく、
「餅は餅屋」のほうが正確です。

na_********さん

2017/9/214:54:13

判決では性転換症も認められていて性転換手術そのものは違法ではなかったのに結果的には違法行為に思われていた時代ですよね。
ゲイバーも90年代まえだからアンダーグランドな感じ。

「蛇の道は蛇」というのはアンダーグランドということではないですが「蛇」という言葉のイメージからかアンダーグランドのようなニュアンスも含めて使われていることも多い感じだと思いますよ。

「餅は餅屋」だとどちらかというと専門家に任せなさいって感じで話の雰囲気と流れに合わないのではないかなと私は感じました。

oji********さん

2017/9/210:53:23

それぞれの意味合いはお調べ済みですが、参考までに小学館「故事俗信ことわざ大辞典」から引用して示します。

蛇の道は蛇〔が知る〕
一般にはなかなか察知できないことも、その世界に身を置く者は、さしたる努力もせずにわかる。同種の仕事や同じような生き方をしてきた者のすることは、当人と直接関わりがなくてもおおむね見当がつくというたとえ。

餅は餅屋
餅は餅屋のつくるものがいちばんであるように、どんなものでもその道の専門家が最も秀でている。また、商売はそれぞれ専門があるのだから、専門の業者にまかせるのがよい。

以下は、私の感覚です。
「餅は餅屋」は、既に幾つかの選択肢があるように思います。その選択肢さえ分からず、「その世界に身を置く者」から情報を仕入れるというお話しであれば、「蛇の道は蛇」の方がピッタリのように思います。
ゲイバーのスタッフ=蛇
ゲイバーのスタッフ=餅屋

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる