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日本史Bについて教えてください。

dai********さん

2017/9/620:43:37

日本史Bについて教えてください。

「正長元年九月 日、一天下の土民蜂起す。徳政と号し、酒屋、土倉、寺院等を破却せしめ、恣にこれを取り、借銭等、悉くこれを破る。管領、これを成敗すと。凡そ亡国の基、これに過ぐるべからず。日本開白以来、土民蜂起、是初めなり。」

正長の土一揆についてです。
「凡そ亡国の基、是に過ぐるべからず。日本開白以来、土民蜂起、是初めなり。」に関して、寺院も破却されたことなどから、史料の筆者は、どんな思いでこの事件をみていたと思いますか。

このような問題なのですが、わかる方教えてください。
よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

あさ07さん

2017/9/918:55:24

『正長元年九月 日、一天下の土民蜂起す。徳政と号し、酒屋、土倉、寺院等を破却せしめ、雑物等恣に之を取り、借銭等悉く之を破る。官領、之を成敗す。凡そ亡国の基、之に過ぐべからず。日本開白以来、土民の蜂起之初めなり。』ー大乗院日記目録ー

現代語訳

正長元(1428)年9月、天下の土民(近江坂本・大津の馬借など)が蜂起した。徳政と言って、高利貸の酒屋・土倉・寺院を破壊し、雑物等を勝手に掠奪し、信用証文等をすべて破り、破棄した。管領畠山満家は武力を以て鎮圧した。亡国の原因としてこれ以上のものはない。日本が始まって以来、これが土一揆の初めである。

正長の土一揆(正長の徳政一揆)は農民が初めて起こした徳政一揆であり、各地で借金苦に耐えかねた農民たちが酒屋・土倉・寺院を破壊し、私徳政を行ったと史実にあります。

資料及び現代語訳にある〝亡国〟とは〝国が滅びる〟という意味があります。

正長の土一揆は山城国・大和国・河内国・和泉国・摂津国で発生し、のちに天皇や将軍がいる京都市中や奈良でも発生しました。

以上の事から、これを書いた作者は『天皇や将軍がいる(=国の中枢である)京都や古都・奈良でさえ土一揆が発生した。このような有様では日本の将来は望めないだろう。いわゆる〝日本の滅亡の始まり〟である。』みたいな感じに思っていたのではないでしょうか。

あくまで個人としての考えですが…

現代風に直すと〝オワリノハジマリ〟ですかね(笑)

質問した人からのコメント

2017/9/11 14:51:27

なるほど!
とてもわかりやすかったです。
回答ありがとうございました!

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