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協調性なんて、なくてもいいのに。 IT革命以降ネットが普及して、社会全体はグ...

bgj********さん

2017/9/900:47:13

協調性なんて、なくてもいいのに。
IT革命以降ネットが普及して、社会全体はグローバリズムに移行している。日本国内だけで経済が完結する時代は、とっくに終わった。世界基準で物事を判断し

ていかないと、生き残れない。

協調性なんかより、自分の好きなことをやる覚悟があればいいのだ。協調性なんか無視して、やりたいことを好きなようにやっていく。それで充分だ。
ニッポンの会社は、学校教育の協調性重視のマインドに影響されすぎている。

嫉妬に足の引っ張り合い、派閥づくりにいじめや自殺なんて学校で起きている悪い習慣は、ほぼ会社のなかでも起きているだろ?

協調性でメシが食えた社畜時代は終わったのだ

嫉妬に足の引っ張り合い、派閥づくりにいじめなど、学校で起きている悪い習慣は、ほぼ会社のなかでも起きている。
この接続を断ち切らない限り、おかしなプライドに縛られ、周りの目ばかり気にして人生をすり減らすサラリーマン社会は、変わらないと思う。『闇金ウシジマくん』の『中年会社員くん』編で、こんなセリフがあった。

「自分で決める人生を選んだんだ。だから怖い。怖いけど、何者かになれるかもしれない。」

怖いと感じる感性が私には理解できないが、そう遠くない将来、私以外のみんなも、理解できなくなっていると期待したい。

自分で決める人生を生きるのは、当たり前のことだ。

そんな当たり前のことをできていないというのが、異常なのだ。
「何者かになりたい」などと、いい大人が言い出さない社会へと変わっていくよう、会社や学校のあり方そのものを、根本的に考え直すべき時期にきているのでは?

協調性,グローバリズム,派閥づくり,闇金ウシジマくん,何者,付和雷同,精神性

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nam********さん

2017/9/1013:14:50

残念ながら日本はアングロサクソンや中国人のような利己主義者になれません。
質問者様がいうような世の中は未来永劫すくなくとも質問者様の目の黒いうちはおとずれません。青い鳥を追いかけても無駄です。

どんな職場でも、協調性ということは大切である。一人だけで仕事を完成してゆく芸術家のような場合は別として、一般の人間は・・・特に企業内で働いている者は・・・他人と強調しないと生きて行けない。自分の主張を通そうとして無理する人や、独りよがりの考えに固執したりする人は、職場の中で嫌われ者になるのは当然のことである。

ある人は非常に協調性が高くて、誰と一緒に仕事をしても衝突することが少ない。他人だったら、嫌がるようなことでも、気持ちよくやってくれる。
そのためにある人は同僚から重宝がられる存在なのだが、その割には重要な仕事を与えられることが少ない。いつもいつも脇役に徹して静かでいるところが長所とも言えなくもない。と言ってしまってはそれまでだが、考えてみると不公平なことのように思われる。
ある人は他人とよく強調しているのにあまり重んじられない不満があり同時に家庭内では不機嫌。
思うに、そのことは簡単に言ってしまうと「強調」と「妥協」の差なのである。ある人は協調性が高いのではなく、すぐ妥協してしまう方だと思われるので、便利ではあるが重んじられないのではないかと思う。協調と妥協の差は、協調は、そのことをするまでに苦しみがあるのに対して、妥協は、そのことが終わってから苦しみがある点にある。ある人は安易に妥協するので、その苦しみの方は家庭に向かって吐き出しているのではないかと思われる。

協調というのは相手の存在だけでなく、自分の存在も生きていなくてはならない。両方をぶつかりあわせて、どうしようかというところに苦しみはあるが、それを解決したときは新しい局面が開かれる感じがあり、そこでは両者が生かされる。ところが妥協というのは、安易に自分を殺してしまっていることが多く、そこには新しいことが入ってこない。協調と妥協と言っても、それほど割り切れるものではなく、生きてゆくためにはある程度の妥協も必要である。
妥協は・・・自分が負けることで・・・勝負が早くつくが、協調は未来に向かって、息長くやり抜いてゆくものである。

長くなりました。

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rie********さん

2017/9/905:11:58

根本的に考え直すべきは、質問者が指摘しているのは「付和雷同」という「従属的精神性」であり、「協調性」とは根本的に異なるものであるのに、全く混同していることである。

「協調性」は個人の自立、自律性があって始めて定義されるものであり、それを前提に他者を自己と同等に認め尊重し両立させる精神性だ。

足の引っ張り合いのような他者を認めない「利己性」は、他者支配によって他者の「付和雷同」を強制しようとする精神性なのであって、協調ではなく従属あるいは隷属を生じるものだ。

グローバリズムとは利己心による支配被支配とそこに生じる付和雷同と従属構造のことではなく、自己の確立と利他を両立させて対等の相互作用ネットワークを形作る概念である。

bob********さん

2017/9/901:31:41

あなた自身が、好きに生きればいいと思います。そう言いながら自分に対する協調性を強要しています

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