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日本史の質問です 江戸時代、43匁くらいの丁銀を11個から12個包んだ大黒...

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ID非公開さん

2017/10/517:26:34

日本史の質問です

江戸時代、43匁くらいの丁銀を11個から12個包んだ大黒常是包銀
500匁とかいうのが秤量なしで流通したそうです

署名封印された包紙を破るのは厳禁だったそうですが、
それでも手先の器用な職人がうまく包紙をはがして、中身を
悪質銀貨や偽銀メッキ銅と入れ替えたりした事例ってないのでしょうか?

また、流通の過程で包紙が破れたら大黒常是に頼んで再発行してもらう
のですか? 再発行手数料は高いのでしょうか?

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sww********さん

2017/10/606:12:52

江戸時代、多くの藩で、偽造通貨が作られ、流通させていました。
藩札と同様少ない経費で利益を得られたからです。
幕府が品位を落とした改鋳金銀を流通させようとしたので、
偽造するものには絶好の機会だったのです。

包金銀は厳重な手続きで封印されていました。
五百目大黒常是包銀の場合、
・大黒常是の包役が和紙4枚を使って銀貨を包封します。
まず、下包に2枚、中包に1枚、上包に1枚使って包みます。
下包の裏には銀見役、掛役の印、上包の裏に包役の印を押して封印します。
・包封和紙は常陸那珂郡西之内産の楮皮製西之内紙で他地域では製造が禁止されていました。
・更に口張役が特殊糊で包紙に口張を施します。
・上書役は包の表面に銀五百目と金額を書き、氏名を脇書きし、
裏面に干支何月何日江戸極と記載しました。
・印判役は糊付けした口張り部分に「宝」印を表6ケ所、裏6ケ所に割印します。
・裏封印は、月日に並べて大黒常是の印、江戸極の字の脇に大黒印、
実名の添印を押し、合計5ケの押印です。
・上当役は再度重量を計り、立会役は全体の書き損じ、印判の適否を確認しましす。

包金銀の中身は確認せずに流通したので、古くなって摩耗目減りした金銀貨、意図的に削り盗られた金銀貨、悪鋳金銀貨、破損金銀貨を幕府の命令で意図的に混在包封し、額面通りに通用させたのです。包そのものが通貨と見なされていたので中身は問われなかったのです。
開封して、金銀貨として使用することは可能ですが、改めて秤量・真贋鑑定を行う必要があり、手数料を取られました。開封して、贋金を見つけても、破損金銀や悪鋳金銀が混入していた場合でも、損害は開封者の負担です。封印切りが厳禁なのはこのためです。

包金銀は金二十両で8万文、百両なら40万文、銀500目で3万3千文と、高額なので、庶民には無縁で、富裕層の婚礼持参金や、資産分け、大口商取引、公金取扱いに限定されていました。

富裕層や公儀、大名武士に限定され、極めて厳重な包装、割り印で防御されていましたが、中身は改めないで流通したので、もし上手に偽造すれば、莫大な利益だったでしょう。

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for********さん

2017/10/518:33:02

そういう事例は聞いたことがありません。
和紙を糊付けし、墨で封書します。この大金を受け取る側も手慣れた商人です。気づかれないように開封するのはおそらく不可能でしょう。
なお、この包紙は銀座の大黒常是が作るものではありません。三井などの大商人が作りました。大商人はそれだけの信用がありました。
また、500匁の場合、「五百目」と書くのが慣例です。(匁ではなく目)

k99********さん

2017/10/517:41:09

いつの時代でも偽ガネ造りの犯罪者はいます
寛文3年(1663)上銀の目方を誤魔化し不正に利益を得ようとした五人の銀座人らが遠島流罪に処せられた事件や正徳4年(1714)、銀座年寄りが町奉行に召捕りとなり遠島流罪および闕所を申し渡された事件など銀貨・金貨偽造事件はやまほどあります お尋ねの包紙偽造事件も数えきれません

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