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大河ドラマなどで見ていると、女の人の髪型が、平安時代から安土桃山時代まで、ず...

jfy********さん

2008/8/119:09:01

大河ドラマなどで見ていると、女の人の髪型が、平安時代から安土桃山時代まで、ずっとストレートヘアだったのに、江戸時代になると突然、複雑な髪型になりますね。いったいなぜなのでしょう?

途中経過というか、進化(?)の過程がまったく見られないのが謎です。

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ata********さん

2008/8/119:25:21

平安時代の身分の高い女性は『おすべらかし』といわれる結わずにたらす髪型ですが、庶民の女性達は働くのにじゃまにならないように、結わえてましたよ。
戦国にいたるまで、身分の高い女性は『おすべらかし』でしたけど、庶民の女性にとって、髪がまっすぐで豊かなのは美人の条件でしたから、伸ばしてはいても、日常の生活には邪魔ですので、いろいろ、仕事に都合のよいように結わえるのはしています。
大河ドラマに出てくるような女性は、まあ、大概身分がそこそこの人ですから、『おすべらかし』のままにしてるんでしょう。
急にあの髪型になったのではなくて、色々な形はありましたよ、民衆の間で定着してたのが徐々に武士階級の女性にまで広まっていったのが、江戸の初期だった、だけです。

質問した人からのコメント

2008/8/7 00:01:38

笑う わかりやすい回答ありがとうございました。回答くださったほかの方にもお礼申し上げます。時代劇や大河ドラマが好きで、よく観ています。またわからないことがあったら質問しますのでよろしくおねがいします。

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sts********さん

2008/8/423:37:06

庶民は基本働きやすい髪形にまとめていました。
ファッションとして髪型が発達したのは遊女などの芸能系の人が男マゲを応用して発展しました。
平安時代から長い髪が美人の象徴としていわれていましたが、清少納言の「枕草子」で、「働く人は短めの髪がいい」という言葉を残しているように、奈良時代のようないわゆるキャリアウーマン的な働き方がなくなって、家をでなくなったがために垂髪が可能でした。
そのような身分の高い人の特権&象徴として長い垂髪の時代が続きました。
明暦の大火のときに大奥が火事になり、髪型が原因で逃げ遅れて怪我をした人がいたために、それ以後急にいわゆるまとめ髪になり、大河ドラマ江戸時代でおなじみの髪型になりました。

kam********さん

2008/8/119:29:38

平安末期→働く女性達が背中、首の辺りで元結で纏めた。

桃山時代→現代のポニーテールに近い形に纏めた。
→玉結びのように大きく輪を作る結び方が出来た。
→遊女や歌舞伎役者が髷を乗せた。唐輪 兵庫髷などが生まれた。

→やがて、びん、たぼ、前髪が張り出し、島田髷の形になった。

おおざっぱですが。

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