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当代の春風亭柳朝の実力はどのようなものでしょうか? なぜ柳朝を一朝や小朝が...

kin********さん

2017/11/420:27:26

当代の春風亭柳朝の実力はどのようなものでしょうか?

なぜ柳朝を一朝や小朝が襲名しなかったのでしょうか?

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yan********さん

2017/11/423:44:49

>何故、柳朝の名跡をその二人が継がなかったか。

先代の柳朝師匠の言いつけがあってです。

先代の柳朝師匠は、その二人の弟子は柳朝という名前じゃなくても十分にやっていけるとの思いがあったんでしょう。


春風亭小朝と春風亭柳朝に関して、おもしろいエピソードを。

http://yuru2club.com/wp/?p=5372

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pro********さん

2017/11/609:02:30

当代の柳朝さんは、明るく陽気な芸風で面白いですよ。
実力的には十分です。もっと評価されて良い噺家さんです。

一度、大病して高座から遠ざかっていたので印象が薄いのかも
しれませんね。
(弟弟子の一之輔さんの披露興行の時は、
鈴本、新宿、浅草、池袋の興行には病気で出られず、
最後の国立演芸場で復帰したんです)

bas********さん

2017/11/511:01:40

一朝は、大師匠である彦六の正蔵から一朝を名乗るように、と
言われて二つ目昇進時に襲名した経緯があるようです。

一朝は元々初代圓朝の弟子で、当時橘屋二三蔵を名乗っていた
2代目三遊亭圓楽が、彦六に当時の自身の名乗りを譲り、
その後自身は三遊一朝を名乗りました。
直弟子ではなかったものの、彦六は一朝から稽古をつけてもらっており
一朝が亡くなったのは彦六の自宅だった。
その関係で彦六が「一朝」名跡を預かっていた模様。

彦六からそれを言われた先代柳朝は「一朝かよ、ほんとかよ」と驚き
こっそり「オレの名前と替えないか」と一朝に言ったとか。
師匠の言いつけは大っぴらに覆せないでしょう。


当代柳朝ですが、先代と違いソフトな印象です。
弟弟子の一之輔を見習え、とは言いませんが、
もう少し押し出しが強くてもいいのにな、と思いました。

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