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かつてシュプール号やくろよんなどの大糸線への臨時列車が信濃森上行きだった時代...

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ID非公開さん

2017/12/223:08:24

かつてシュプール号やくろよんなどの大糸線への臨時列車が信濃森上行きだった時代がありました。

その当時の事をよく知らないのですが、現在の信濃森上駅はそのような長距離優等列車の終着になるような駅にはとても見えません。
言っちゃ悪いですがどこにでもあるような2面2線の無人駅にしか見えません。

当時と現在で駅の様子で変わった所はあるのでしょうか。
また、なぜ白馬や南小谷では無く信濃森上行きだったのか教えていただきたいです。

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kir********さん

2017/12/301:20:02

折り返しの臨時列車が運行されていた当時の信濃森上駅は 二面三線あって、列車の一時留置が可能だったのです。

というのは、1960年から1967年まで大糸線の電化区間の北端は信濃森上駅で、松本からの電車はここで折り返していました。
糸魚川行からの普通ディーゼルカーはここで乗り継ぎました。
機関車牽引の客車列車やDC急行は ここから大町・松本まで直行していました.

当時でも 長距離臨時列車の多くは、信濃四谷駅(現 白馬駅)で折り返していたように思います。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

myf********さん

2017/12/322:17:43

そのシュプール号運行の目的を思い出せれば分かると思うよ。
ちなみに信濃森上駅は岩岳スキー場の最寄り駅ですわ。

変わった事?最寄りである岩岳スキー場が白馬岩岳スノーフィールドと名称変更になりましたね(笑)

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