…古代の「皇帝」に似た誤訳には、中世の「封建」がある。中国史の「封建」は、武装移民が新しい土地を占領して都市を建設することを意味する。それに対してヨーロッパ史の「フューダリズム」は

…古代の「皇帝」に似た誤訳には、中世の「封建」がある。中国史の「封建」は、武装移民が新しい土地を占領して都市を建設することを意味する。それに対してヨーロッパ史の「フューダリズム」は 、騎士が、一人または複数の君主と契約を結び、所領(フュード)の一部を(フィー)として献上して、その見返りに保護を受けることを意味する。その内容には、中国史の「封建」と共通な点はほとんどない。それにもかかわらず、日本の西洋史で「フューダリズム」を「封建制」とする誤訳が通用しているのは、西洋史学者に中国史の知識がない上に、東洋史学者にもヨーロッパ史の知識がなくて、誤訳を正す能力がないからである。… という文章を本で読んで、面白い考え方だな~と思いましたが、「封建」と「フューダリズム」は全く別物である、というこの解釈は正しいのでしょうか?

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ベストアンサー

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「ローマの皇帝と中国の皇帝は違うか」という話のご質問にも回答させて頂きましたが、同じような性格のご質問をこちらでもされていたのですね。 「ヨーロッパ史のフューダリズムと中国史の封建は元々別物」という点については、既に他の方の回答にある通り、これに限らず、他の言語の歴史用語を日本語に翻訳する事について回る“かなり一般的に見られること”です。ですから、その点に限れば、その本を書いた人物にもし私が直接語るのならば「その通りですな。で?だから?いまさら、そんな事を言ってどうするのですか?」といったところですが、皇帝の意味に関するご質問でも同様の趣旨を申しあげたので、ここでは繰り返しません。 ここでは、もう少し具体的な点について私の理解を申しあげます。結論から言えば、大変失礼ながら、「面白い」というよりも、私には「単なるウンチクおやじの発言」にしか聞こえません。 《フューダリズムの内容には、中国史の「封建」と共通な点は「ほとんどない」かどうか》 「ほとんどない」とか言った表現を使うかどうかはかなり主観的な問題なので、よく知られている共通点と相違点を挙げておきます。なお、中国史の「封建」も、言葉自体は長く使われましたが、“実質的な意味”はかなり変わったので、“元来の封建”という意味で西周時代の封建との比較にします。(殷の時代は西周の時代よりも更に史料が少なくナンとも言えない、といった感じです。) 共通点 支配者が臣下に対して一定の領域の支配権を与える(認める) その臣下は、支配者に対して軍役を負う(いざ戦争と言う時は兵を出す義務がある) 支配者は、その臣下の支配の方法について殆ど口出ししない(出来ない、とも言える) 相違点 古代中国の封建は、支配者と臣下の上下関係が、例えば、周の王室の一族の臣下に対しては、祖先を祀る儀式で周王室が主催者となり臣下が一族としてそれに参加する事を通じて確認される、など宗教的な色が濃いが、ヨーロッパのフューダリズムは、(臣従を神に誓う、など宗教的要素が皆無ではないが)、支配者による庇護に対する軍役負担という双務的「契約」の色が濃い。その結果の一部として、ヨーロッパのフューダリズムでは「領地毎に違う支配者の庇護を受ける」という事もあったし、「支配者が庇護の義務を十分に果たさなければ臣下も臣従の義務はなくなる」という観念があり、かつそれがしばしば実行された。 これを共通点がほとんどない、というかどうかは、個々人によって違うでしょうが、少なくとも「元来、別物である」という認識は、他の方の回答にあるとおり国語辞典の解説にも反映されているぐらいよく知られている話ですが、共通点があるかないか、といったら、間違いなくあります。 ちなみに、日本の鎌倉時代から江戸時代までの封建制度の「御恩と奉公」の概念は、古代中国の封建制よりも、ヨーロッパのフューダリズムの「双務的契約」にかなり近いです。幕府の権力が安定していた鎌倉時代と江戸時代には、主君の支配から離脱する選択肢が事実上なかったので目立ちませんが… ですので、封建という言葉自体は古代中国起源であるとは言え、どちらかというと、日本史とヨーロッパ史ではかなり類似点が多く、そちらの方が一般的なイメージになっている、とは言えるでしょう。 で、なんで「単なるウンチクおやじ」に思えるかというと… >中国史の「封建」は、武装移民が新しい土地を占領して都市を建設することを意味する。 まず、封建という言葉の意味は全く違います。封土に国(=現代風に言えば都市国家)を建てる、という意味です。封土とはまさに支配者(王)から領地を与えられる、という意味です。国を建てるは説明不要でしょう。 想像するに「武装移民が新しい土地を占領して都市を建設することを意味する」というのは、秦とか斉とか言った「国」の建国が、史書では、周の王が一族や家臣を“封建”した事になっていて、そういう伝承が「武装移民が新しい土地を占領して都市を建設」した事を背景としている、と考えているからかも知れません。が、(例えば)秦の建設が、馬の飼育で功績を挙げた事で“封建”された、というのを、確実に史実と考えるのが当たり前か、といったらそうではありません。伝承通りに、どの「国」も周の一族か臣下が封建された事から始まったと考えてよい、とは、史料の性格上言えません。例えば、現地勢力が周の宗主権に服した(誰かが移住したのではない)ってケースがあったとしても別に不思議ではありません。 いずれにせよ、封建という言葉の意味は、「武装移民が新しい土地を占領して都市を建設」した事ではこれっぽっちもないです。 >ヨーロッパ史の「フューダリズム」は 、騎士が、一人または複数の君主と契約を結び、所領(フュード)の一部を(フィー)として献上して、その見返りに保護を受けることを意味する。 これは、もう完全な「ウンチクおやじのタワゴト」ですね。ヨーロッパのフューダリズムでは、所領の一部を君主に献上した、ですと??メチャクチャですがな。 たぶん、いい加減な知識でウンチクを語って、馬脚を現したのでしょうね。 語源の話で言えば… ↓はMerriam-Websterのfeudの解説です。 https://www.merriam-webster.com/dictionary/feud#h2 ここでの語源の説明は、 Medieval Latin feodum, feudum, alteration (probably influenced by Medieval Latin alodum, allodium land not subject to rent or service) of feo, feus, of Germanic origin; akin to Old High German fihu cattle とあります。ゲルマン語起源の (牛を意味するfihuと語源を共有する) feo, feusが(おそらく、地代や奉仕の対象ではない土地を意味する中世ラテン語のalodum, allodiumの影響を受けて)変化して、中世ラテン語のfeodum, feudumになったもの。 って意味ですね。“おそらく”とは書いてありますが、地代や奉仕の対象ではない土地という意味のラテン語の影響を受けている、って言う説明ですね。 つまり、フィーというのは、feudalismの中のfeudalの、その中のfeudの、更にその内のfeuは、牛を意味するfihuと同じ語源だろう、という程度の関係しかありません。 一方、現実のフューダリズムには「臣下が領地の一部を主君に献上する」なんて概念はありません。 おそらく、feudalismのfeudが、牛を意味するfihu(feeの語源でもある)と起源を共有するって話を聞いて、それを頭の中で勝手に「フューダリズムでは、所領の一部をfeeとして献上した」ってな話を『創作』してしまったのでしょうね… ところで、この回答を用意している間に、別の回答で頂いた返信を読みました。そんな事を書いていたのは岡田英弘ですね。だったら、よぉ~くわかります。専門分野はモンゴルなどの東北アジアのようですが、やたら手を広げて新書のような一般人向けの本を出していましたね。あれだけ本を出せたのだから、それなりに需要も見込めたのでしょう。 私もだいぶ前に何冊か著書も読みましたが、全般的な感想としては、時折、その視点の珍しさから「あぁ、そういう切り口の考え方もあるんだね」と思える《事》もある、とは思いました。が、その一方で、私のような素人から見ても、エラク生半可で表面的な知識から勝手に思い込んでミョウチキリンな結論を出し、それで既存の学説をバカ呼ばわりする、というのも珍しくない、とは思いました。Googleで“岡田英弘 トンデモ”で検索して頂くと、そっちの意味でもわりと名の売れた人、って事がご想像頂けると思います。 >日本の西洋史で「フューダリズム」を「封建制」とする誤訳が通用しているのは、西洋史学者に中国史の知識がない上に、東洋史学者にもヨーロッパ史の知識がなくて、誤訳を正す能力がないからである。 まさに「岡田英弘ワールド」ですね。フューダリズムを封建制と訳すのは誤訳である、というのは百万歩譲ってそれでよいとしても、『西洋史学者に中国史の知識がない上に、東洋史学者にもヨーロッパ史の知識がなくて、誤訳を正す能力がないから』では絶対にないです。他の方の回答にもあるとおり、それぞれが違う意味だ、というのは、西洋史学者とか東洋史学者どころか、国語辞典にすら書いてある事ですからね。ヨーロッパ史の本では封建主義ではなくフューダリズムと表記するものもありますが、いずれにせよ、古代中国の封建とヨーロッパの封建主義の封建は別物、というのは、学者ではなく国語辞典さえ引けばわかる事であって、今更訳語を変えなくたって害はないだろ?、ってだけの事です。 ただ、『中国とローマでは皇帝の概念は別』とか『古代中国の封建とヨーロッパのフューダリズムは全く別』とか言った点、それ自身はこれっぽっちも間違っていません。岡田英弘にしては普通の事を言っている、と言えるかも知れません。「そんなわかりきった話を、なんでわざわざ言うのかい?」とは思いますが… その説明の中に彼の理解の生半可さが垣間見えたり、自分の方がよほど生半可なのに他の学者をバカ扱いしたりするところは岡田英弘らしい、ってところでしょうか… 長文失礼しました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

手厳しい解説だと思いますが勉強になると思いました(^^;) 大変勉強になりました!詳しく教えていただき、みなさん、ありがとうございました!

お礼日時:2017/12/12 12:15

その他の回答(4件)

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これは、珍しいことではありません。あなたは、「権利」と言う言葉を使うでしょう。これは元々仏教用語で、西洋思想の「right」の訳語として利用しました。元々日本には、啓蒙思想の「権利」などと言う概念は無かったのです。

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誤訳であって誤訳ではありません。受け取る側がちゃんと認識していればいいのです。 例えば平安時代が舞台の小説で「貴族が車に乗って屋敷にやってきた」という場面があって、「平安時代の自動車は一体どんなエンジンを積んでいたんだろう」と思う人は、歴史を習った人ならいないでしょう。でもまだ習ってない人にこの文を伝えたら自動車と解釈して当然でしょう。 このように自国内であっても「車と車が違う」ということがあるのです。当然、西洋の皇帝や封建と中国の皇帝や封建は別物です。それを言ったら古代エジプトの王と現代イギリスの王が同じシステムで成り立っているかというと、全く違いますね。 というように言語のせいにもできますが、受け取る側に知識がないなら仕方ないことでもあります。 それで日本も一応努力していて、明治時代からとりあえずなんでも自国語に落してきた言語を現地語に直しているのです。 例えばトルコ皇帝とかペルシャ皇帝と言われていた存在を、オスマン帝国のスルタンやペルシャのシャーというように変えてきました。 いずれ領地をフューダーとか、伯爵をカウントと訳したものが教科書に載る時代もあるかもしれません。 しかし国民に教え慣れ親しんでもらうには、近いものから類似して伝えねばなりません。まったく世界に興味もない人にいきなり外国語由来のものを教えてもちんぷんかんぷんです。「スルタンがイェニチェリにコンスタンティノープルのー…」とか言われて初めて聞いた日本人がどこに興味を持つというのか、ということです。 このように自国語に合せて興味を持ってもらいたい、けどなるべく違いは伝えたい、車と車の違いを出すには、車とクルマと書き替える、そういう小さな努力から教科書等は成り立っているのです。 日本は世界史後進国なので、専攻する人達や研究は西洋を中心に現地の言語や古語でやり取りしているし彼らには違いが分かるくらいの知識があるのでなんの支障もありません。自国語訳は知識なき人達にある程度の知識を与えるためにあるので、完璧で間違いのない訳を提供したりしたら、余計に伝わらなくなります。 質問者さんの載せた文はまさに学者脳です。「俺が知ってるから皆知ってるはず」「これくらい知らなきゃだめだ」という視点に立っています。 それは正しくもありますし、「国民・学生にはこの程度知ってもらえばいいや、どうせ違いなんて教えても分からんだろうし」という高慢さがないので清々しいとも言えますが。国民への分かりやすさと専門性、間を取るのは難しいです。

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面白い考え方であると同時に、この著者は自分に社会学や言語学、そればかりか近代史の知識すらないことを自ら暴露してしまっているという意味でも面白いですね。 西洋学者や東洋学者を非難する前に己の無知を知るべきだと感じます。 言語というのは一定の文化領域の中で使用され発展するものですが、その文化領域に存在しない物体や概念を説明することはできません。 猫がいない国にはネコという言葉が存在しないのです。 明治期、沢山の外国語の文献が流入する中で学術用語の翻訳は困難を極めました。 なぜかと言えば日本語にはそれらの外国語に相当する単語が無かったからです。 そこで、漢字文化圏で最高の語彙を持つ中国語の単語を借りて来たり、それでもダメなら今までなかった新しい単語を作って翻訳したのです。 そもそも日本にはエンペラーもいませんが皇帝もいません。フューダリズムの時代もない代わりに封建制の時代もないんです。 つまり、日本語の皇帝は中国の皇帝の事を示した言葉ではないのです。 同様に、封建という言葉は中国の封建という行為を示した言葉ではないのです。 ただ、翻訳するためにそれなりに共通点を持つ中国の単語の表記を拝借して使っただけなのです。日本人は皇帝という表記から高位の支配者であるというニュアンスを感じることができますし、封建という表記から土地に関する何らかの行為であるというニュアンスを感じることができます。 現代では無理に訳さずに発音に近いカタカナで表記する方法が主流ですが、例えばテキスト1ページの中に1つか2つそういう言葉があるのならそれでも良いですが、出てくる単語の80%がカタカナだったらそれはもう日本語のテキストではありませんよね。 それだったら最初から英語なりフランス語なりをマスターして原語で教育したほうが良いだろうという事になってしまいます。 しかしそれは植民地の教育法なのです。 イギリスがインドで、フランスがインドシナで、日本が朝鮮で現地人に与えた教育と同じになってしまいます。 明治期の日本はそうならないために、教育に、西洋文化の吸収に注力していたのですから、存在しない外国語を何とかして日本語化するという努力を続けたのです。 そういうことを理解していれば、『誤訳』などという誤解をせずに済む訳です。

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>「封建」と「フューダリズム」は全く別物である、というこの解釈は正しいのでしょうか? 歴史学という学問は、たいてい正しい・正しくないの二択で成り立っていません。 外国の歴史を研究することは、必ず用語の翻訳という問題にぶつかります。 何らかの物体であれば、翻訳に困難は無いでしょう。 apple=りんご というような形に落ち着きます。 (ややこしいので英語に限定します) ところが、歴史的な概念などとなると、そう簡単に翻訳できません。 emperor=皇帝 feudalism=封建制度 といった例になると、この訳語で本当にふさわしいのかといえば、 疑問点が出てきます。 外国語を日本語に変換する際、どうしても中国史由来の漢語が 使用されることになるケースがでてきます。 皇帝や封建といった用語は、もともと漢語(中国語)です。 中国史における「封建」と、ヨーロッパ史における「feudalism」が まったく同じものであるわけはありません。 それぞれ、似ている、共通点があるということで、 そういう訳語を当てているだけです。 これは、皇帝(emperor)でも同じことです。 本来的には、どちらも君主号であるが、必ずしも同質のものではありません。 あえて言えば、翻訳不可能な用語のはずです。 他地域の君主号であれば、あえて訳さない方法が主流になっています。 モンゴル高原の「ハン」や、イスラーム世界の「スルタン」などは 皇帝と訳してもよいはずですが、あえてそのままにしています。 このあたりは、西洋文明を積極的に取り込んだ明治時代の 訳語の工夫に求められるのかもしれません。 西洋史学も、同じように入ってきました。 emperorを皇帝と翻訳したのは、明治の知識人の工夫といってもよいでしょう。 それが定着してるため、いまさら変えるわけにもいかないというのが 現状なのかもしれません。 https://kotobank.jp/word/%E5%B0%81%E5%BB%BA%E5%88%B6-627435#E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E5.85.A8.E6.9B.B8.28.E3.83.8B.E3.83.83.E3.83.9D.E3.83.8B.E3.82.AB.29 封建制という用語に関しても、必ずしも同一のものではないということは 辞書的にも、たいていそのように説明されています。