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日本史で出てきた内容です。資料集を見てきて疑問に思ったことはいくつかかきます...

bhx********さん

2017/12/915:23:23

日本史で出てきた内容です。資料集を見てきて疑問に思ったことはいくつかかきます。

朝鮮問題で、大院君と閔妃が対立していたのはわかったのですが、親日派や親清派などころころ変わっていて

よくわかりません。特に日清戦争後に閔妃らが親露派になって大院君が親日派になったのがなぜか教えて欲しいです。
また、高宗は閔妃の味方になったら大院君の味方になったりしたのですか?
あと、日清戦争後に高宗は親日派ってなってるんですけど閔妃が日本軍に殺されてロシア公使館に逃げる意味がわかりません!

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ベストアンサーに選ばれた回答

tmy********さん

2017/12/916:20:12

閔妃:親日、大院君:親清
→壬午軍乱(大院君の反乱)
→済物浦条約(日朝間、日本への賠償金と軍駐屯権の承認)
→閔妃「ヤバい、日本軍がいるとか絶対に侵略する気でしょ、清に頼ろう」
大院君「閔妃が清ついたから俺は日本につこう」
→日清戦争、清敗北
→閔妃「清負けた、今度はロシアを頼ろう

高宗「勝った日本についておこう」
→閔妃殺害
→高宗「日本怖、ロシア助けて~」

って感じでしょうか

質問した人からのコメント

2017/12/9 17:34:56

とてもわかりやすいです!
ありがとうございます!!

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