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元オリックスのホフマン投手を知ってますか?

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ID非公開さん

2017/12/2419:03:19

元オリックスのホフマン投手を知ってますか?

1989年

大リーグ通算17勝の実績を持つ、オリックス期待の左腕投手、カーブ、シュート、スライダー、チェンジアップと多彩な変化球に加え、140㌔台の重いストレートを武器に、一昨年レッズで9勝をマーク。外人としては小柄(178cm)ながら、下半身が安定しており、内外角へ投げ分けるコントロールは絶妙。先発組(佐藤、山沖、星野、古溝)にホフマンが加わり、これで5本柱が完成。「日本人向きのピッチャーだ。最低2ケタは期待できる。エエで」上田監督もまんざらでもなさそう。門田効果が打線に与えた影響は大きいが、ホフマン加入による投手陣のそれもまた大きい。大リーグ仕込みのチェンジ・アップを学ぼうと、エース佐藤自ら教えを受けた。「マスターできそうだ。今年は打たせて取る幅の広いピッチングをする」と佐藤も意欲満々。一見神経質そうだが、根はいたって陽気なジェントルマン。優勝のカギを握る男ホフマンはもうチームの空気にすっかり溶け込んだ。

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ray********さん

2017/12/2621:38:38

これはかなり有名な選手ですね。
知ってます。

イリノイ州ピオリアのブラッドリー大学を卒業後、シカゴ・ホワイトソックスに入団。

7年間で2勝に終わり、1984年10月19日に自由契約となる。

1985年1月3日にシカゴ・カブスに入り、1986年は6勝を挙げ、オフの1987年2月17日にウェイド・ロードンとのトレードでシンシナティ・レッズに移籍した。

同年は自己最多の9勝を記録したが、翌1988年の3月29日に自由契約となり、4月4日にテキサス・レンジャーズと契約。

同年は0勝に終わり、10月11日に自由契約となった。

1989年、外国人投手の獲得に対する上田利治監督の強い要望もあり、1月にオリックス・ブレーブスに入団。

2月のキャンプ中に来日し、9月には左肩の違和感で一時帰国したが先発ローテーションに入って9勝を挙げた。

翌1990年にも8勝を挙げたが、3年目の1991年はわずか3勝4敗0S、防御率も5.30と低迷。

同年限りで退団した。

MLB通算137試合登板。
17勝17敗3S
防御率4.25

NPB通算52試合登板。
20勝19敗。
防御率4.01

背番号
36(1979年 - 1980年)
47(1983年)
50(1986年)
30(1987年)
50(1987年)
42(1988年)
43(1988年)
38(1989年 - 1991年)

これはかなり有名な選手ですね。
知ってます。...

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質問した人からのコメント

2017/12/26 21:39:35

うひょおおお

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ran********さん

2017/12/2419:21:28

居たなぁ。。。。。。

sak********さん

2017/12/2419:03:45

知らないですね

あわせて知りたい

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