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ドイツ帝国は3自由都市(ハンブルクなど)と22君主国で構成されたとありますが、自由...

yam********さん

2017/12/2623:36:44

ドイツ帝国は3自由都市(ハンブルクなど)と22君主国で構成されたとありますが、自由都市と君主国の違いは何なのでしょうか?

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yam********さん

2017/12/2700:09:24

君主となる人物がいるかどうか、です。

「自由都市」とは、国王や諸侯などの君主、教会の支配から独立した自治都市のことで、市民(主に富裕資産家)による自治と自衛が伝統的に行われてきた都市のことです。

「君主国」とは、王を初めとした諸侯(大公、公爵、侯爵など)がその国の「君主」の地位に就く国のことです。領邦とも言います。
ドイツ帝国の場合はバイエルン王国やザクセン王国、バーデン大公国、アンハルト公国、リッペ侯国などです。

例えば現在でもルクセンブルク大公国は大公が君主ですし、リヒテンシュタイン侯国は侯爵がその国の君主です。
君主とは皇帝や王だけでなく、様々な爵位(公爵などの貴族の称号)を持つ貴族がなっていたので、単に「王国」と言わずに「君主国」とまとめた表現を使っているのでしょう。
なので「君主国」には君主がいて、君主が支配する国であるため、独立国であっても自由都市ではありません。

ドイツは17世紀まで続く神聖ローマ帝国時代に、各地方の諸侯(領土を持ち、そこを支配する貴族)がたくさん自立しており、中央集権的な国ではありませんでした。
こうしたたくさんの中小国が神聖ローマ帝国として緩やかにまとまっている状態を領邦制と言いますが、ドイツではこの影響により19世紀まで中小の諸侯を君主とする多数の君主国が存在していました。

こうした中で、諸侯や教会の支配を排除し、市民が自治と自衛、自主的な貿易を行う都市が現れます。これが自由都市で、一時は100を超えました。

その後、19世紀にプロイセン王国がドイツ統一を進めますが、この時に各地の君主国と自由都市を廃止して無理やり統一するのではなく、連邦国家として統一することを目指します。
こうして3自由都市と22君主国で構成されるドイツ帝国が出来ました。

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cyc********さん

2017/12/2719:50:23

簡単に言えば、君主が個人としてソブリンなのが君主国、都市という集団が法人としてソブリンなのが自由都市。

えごま油さん

2017/12/2700:03:30

自由都市はもともと、(大)司教の支配下にあった都市がそれを脱して、皇帝直属の地位を得たもので、軍役や貢納の義務を免れていたことからそのように呼ばれました。

自由都市は領邦(君主国)と同等の地位にあり、帝国議会に代表を送ることもできました。もっとも、その後領邦君主の地位が強化されたために、多くの自由都市はその地位を失っていったのですが。

領邦との違いはと言われれば、上記の繰り返しになりますが、君主の支配を受けていないため、軍役や貢納の義務がなかったことです。

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