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映画二百三高地は司馬史観ですか?また、乃木希典に否定的だったり自

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ID非公開さん

2018/1/807:50:46

映画二百三高地は司馬史観ですか?また、乃木希典に否定的だったり自

虐史観ですか?

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

2018/1/811:21:56

二百三高地を観て乃木大将が愚かな司令官だったと思った人はいないんじゃないかな。むしろ情が厚く、そして己自身には厳しい最後の侍のような感じに見受けられましたが。
むしろ児玉の方が無責任で、こいつが指図をしなければあんなにも犠牲は出なかったとも思いましたが。

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    質問者

    ID非公開さん

    2018/1/811:58:29

    児玉源太郎を高く評価した映画と聞いたので司馬史観なのかと思いました。児玉源太郎は司馬遼太郎によって、評価されだした人のようなので。

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hondamanseiさん

2018/1/1223:15:46

あらためて二百三高地を観ると、乃木希典の描かれ方は個人の能力を超えた要求に苦しむ生真面目な一人の男の悲劇です。
実際に児玉源太郎の作戦指導が有効だったのかどうかわからないですが、映画の中ではあくまで乃木へのリスペクトを保ちながらも、乃木の限界を理解して方針転換するように描かれています。
一方、司馬史観はあくまで乃木は愚将として扱い、児玉は局面を打開したヒーローのように描いています。司馬史観の児玉像を引き継ぎながらも、乃木を単なる愚将と描かなかったのが、映画二百三高地じゃないかと思います。
現在、日露戦争の結果を客観的に見直す研究も進み、必ずしも乃木が無為に大勢の兵を死に追いやった愚将ではないことが認識されつつあります。
現在の環境だからそう言えるのであって、二百三高地を製作した時代に客観的に乃木を描いたのは、賞賛に値するのではないかと思います。

goinkyo4649さん

2018/1/810:02:42

一瞬、司馬史観に見えるのですが、乃木も伊地知も満洲総司令部に対して無理を伝えており、何れも総司令部の要求に応じて作戦を行っています

第一次総攻撃
児玉「総攻撃は何時やるのか?」
伊地知「輸送船佐渡丸がやられたので目下不明です」
児玉「やれ」
乃木「そうなると強襲法となり兵の犠牲が」
児玉「それで構わないよ。兵の犠牲より時間が大事」

第二次総攻撃
児玉「第3軍は何をやってる。バルチック艦隊は出港したというぞ」
大庭「弾薬補充の問題で」
児玉「二龍山の一点突破を計れば良いだろ」
大庭「総参謀長はわが軍の損害をご存知ないのですか!」
児玉「何!ぬしはわしに喧嘩を売るつもりか!」

2018/1/809:05:38

司馬史観というより、脚本の笠原和夫さんの「思想」なんでしょうねぇ。人間(社会)の善悪両面、光と影の両面を描くという。だから、単純な国粋史観も自虐史観も拒否するあの作品になったんだと思います。

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