ここから本文です

モータースポーツで“運のない選手”と言えば誰を浮かびますか?

アバター

ID非公開さん

2018/1/1000:18:11

モータースポーツで“運のない選手”と言えば誰を浮かびますか?

閲覧数:
212
回答数:
10

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

goa********さん

2018/1/1407:11:32

ランディーマモラ

ランディーマモラ

  • goa********さん

    2018/1/1414:20:30

    カルロス・カルダス

    >カルダスのベストシーズンは、250ccクラスで4勝を挙げてジョン・コシンスキーとの接戦の末にランキング2位となった1990年だった。この年、ポイントリーダーとして最終戦のオーストラリアGPを迎えたカルダスは、コシンスキーのすぐ後ろの順位でゴールすればチャンピオンを決めることができた。ところがチェンジペダルが折れるというトラブルによってリタイヤしてしまったことにより、カルダスはタイトルを失った。

    ↑ウィキからですが、当時TVでこのシーンを見ていた時、手で触ってペダルが折れてる事が分かるとマシンを蹴り飛ばしてコース外に出て行った記憶があります

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この質問は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/9件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ss_********さん

2018/1/1411:46:24

WRCで言えばカルロス・サインツでしょうか。
チャンピオンになれる最終戦で2回タイトル獲得を逃しています。

94年はタイトル獲得寸前の最終戦で、トップ走行中なぜか路面に置かれた丸太を避けてコースアウト、リタイヤ。

98年はタイトル獲得寸前の最終戦で、トップ走行中ゴール直前300mでエンジンブロー(怒りでコドラがウインドウをぶち壊していました)

joh********さん

編集あり2018/1/1302:39:43

フェリペ・マッサとカルロス・サインツ(Jr.じゃないです)ですかね。

マッサはタイトル取れたしもっと評価されていいかなと思います。

サインツは、もっとタイトル取れるドライバーだったと思います。

二人とも微妙に歯車が噛み合わなかった感じが運のなさを感じます。

明らかに運が無かったドライバーと言われない辺りも不運な気がします(笑)

ネタ的にはタキ井上ですかね。
直接レースと関係ないのにコース内であんなに不運なドライバーも珍しいかと…

qwe********さん

2018/1/1119:44:10

日本のある雑誌(雑誌名は忘れた)で、5年ぐらい前にそのアンケートをやった時のF1上位3名は
「ロベルト・モレノ」「ジャン・アレジ」「ニック・ハイドフェルト」でした。(誰が一番上だったかまでは覚えていない)

ロヘルト・モレノ
個人的にはむしろ幸運なドライバーだと思うけど?それほど能力高くなくても一度とはいえ表彰台に登り、最後はインディ(厳密にはCART)で40歳過ぎてから2勝をあげランキング3位になれた。
ただ、インディに移ってからもF1時代と同様にピンチヒッター的な起用が多く、インディ初優勝(2000年)までは決して順風満帆ではなかった。
モレノがインディで勝ったときは素直に嬉しかった。

ジャン・アレジ
このままただ走りきるだけで優勝という時に、もはや呪いのレベルでマシントラブルが起こる。優勝わずか1回。
織田無道や宜保愛子が必要なレーサーでした。ベネトンやプロスト時代には完走率や走行距離でトップを争っていて決してマシンを壊すタイプではないのにそういうときに限って壊れる。
先にウィリアムズと1991年の契約を結んだ状態でフェラーリと二重契約をして(破棄の費用はフェラーリが負担)結局フェラーに移籍。1991年~1997年にウィリアムズが最強マシンに化けたことも選ばれた要因と思われる

ニック・ハイドフェルト
チーヘムメイトとしてライコネンよりポイントを獲っても、ライコネンがマクラーレン。マッサよりポイントを獲っても、マッサがフェラーリへ。
13回も表彰台に登っているのに、どれか思い出して見ろと言われても中々思い出せない。アンサイクロペディアでは存在感の薄さから「ステルス・ニック」と呼ばれている。
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%...
フィードバック能力が低いとロータス(今のルノー)が言っていた。

F1以外では最近のところでフェリックス・ローゼンクヴィスト
「エリクソンに年間何十億も投資する金があるならローゼンクヴィストにくれてやれよ」とスウェーデン企業に対して思います。
フォーミュラE2017-2018シーズンも第2戦で予選ポール&優勝しています。

mas********さん

2018/1/1100:18:16

野田英樹ですかね。

1994年には、ラルースよりヨーロッパGP以降の3レースにスポット参戦しF1デビューを果たす。しかし、参戦したレースでは何れも後方グリッドからリタイアと芳しい結果は得られなかった。

1995年は一度はシムテックと全戦契約を結んだが、阪神淡路大震災の被害を受けたスポンサーが撤退したため、序盤戦はドメニコ・スキャッタレーラにシートを譲り、第6戦カナダGPから参戦する契約を結ぶこととなった。スポンサー・フィーは払い込んだものの、そのシムテックが資金難のために第5戦モナコGPを最後に撤退(事実上のチーム消滅)するという事態に陥る。パシフィックGPと日本GPには古巣フォルティコルセからスポット参戦が決まっていたが、スーパーライセンスが発給されず直前になって断念。

cyg********さん

2018/1/1022:48:17

平忠彦

テック21チームから鈴鹿8時間耐久レースに参戦。
1985年、1986年と2年連続でリタイア。1985年はケニー・ロバーツと
組み、残り30分までトップを走りながらマシントラブル。

1987年は世界GPでの転倒の影響で出場をキャンセル。
テック21チームはケビン・マギー&マーチン・ウィマー組で参戦。
残り5分まで2位だったが、トップのヨシムラチームが転倒。
平が走っていないテック21チームが優勝。

主に500ccクラスで活躍した選手ですが、世界GPにフルエントリー
した時は250ccクラスで押し掛けスタートでエンジンが掛からず
後続車に接触され骨折した事もあります。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる